マイクロバブル博士の「マイクロバブル旅日記」

本「旅日記」で、マイクロバブルの科学と技術に関する難しい情報をやさしく解説し、深く考えることによってマイクロバブルの物語をよりおもしろくします。また、それをゆかいに展開させていきます。これが、あたかも燎原の火のように、それこそ国境を超えて、どこまでも広がり、国民生活と産業に深く分け入ることで、マイクロバブル社会が形成されることをめざします。

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ゆかいに

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前庭にも春が (1)   昨日の記事においても紹介しましたが、今ミモザの花がたけなわ、春を本格的に謳歌しています。 国際女性デーのシンボルとして平和を願う声が、この花に寄せられています。ミモザ(前庭) SNS上のミヤシャイマー(シカゴ大学)教授によれば、イラン
『徒然に光マイクロバブル(231)ミモザの春(1)』の画像

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ホタテの大量斃死の素因問題(24) 陸奥湾における一連の緊急対策措置を第1期から第4期までを、それぞれ個々に考察しています。 その時期区分と当面の対策は、次の通りです。 1)第1期:3月~6月 2)第2期:6月~7月前半 3)第3期:7月後半~8月後半 4)
『「光マイクロバブル文明史」考(第6150回記念)(29)陸奥湾ホタテ問題(30)』の画像

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ホタテの大量斃死の素因問題(23) 陸奥湾における一連の緊急対策措置を第1期から第4期までをそれぞれ考察しています。 その時期区分と当面の対策は、次の通りです。 1)第1期:3月~6月 2)第2期:6月~7月前半 3)第3期:7月後半~8月後半 4)第4期:
『「光マイクロバブル文明史」考(第6150回記念)(28)陸奥湾ホタテ問題(29)』の画像

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光マイクロバブルフォームの「技術化と産業化」の問題(3)   光マイクロバブル文明史における4要件のうちの第3番目の要件である「技術化および産業化」の問題を、光マイクロバブルフォームに関してさらに考察を深めましょう。 そのために、前記事のおいて示した光マイ
『光マイクロバブル・イノベーション(5500回記念)(53)』の画像

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ホタテの大量斃死の素因問題(22) 陸奥湾における一連の緊急対策措置を第1期から第4期までをそれぞれ考察しています。 その時期区分と当面の対策は、次の通りです。 1)第1期:3月~6月 2)第2期:6月~7月前半 3)第3期:7月後半~8月後半 4)第4期:
『「光マイクロバブル文明史」考(第6150回記念)(27)陸奥湾ホタテ問題(28)』の画像

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ホタテの大量斃死の素因問題(20)   読者の森悦郎さんから、下記のコメント(青字)をいただきました。 これに関する回答は、コメント返信欄に付記しておきましたが、この本文においても、その続きを披露しておきましょう。 「大船渡湾のカキ養殖場復興プロジェクトで、
『「光マイクロバブル文明史」考(第6150回記念)(25)陸奥湾ホタテ問題(26)』の画像

ホタテの大量斃死の素因問題(19) 前記事において、本ブログの愛読者のお一人の森さんから、かなり重要な質問がありましたので、改めて以下において、その回答をより詳しく記すことから執筆を開始しましょう。大量斃死の誘因と素因(12) その前に、次の誘因と素因の仮説
『「光マイクロバブル文明史」考(第6150回記念)(23)陸奥湾ホタテ問題(24)』の画像

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ホタテの大量斃死の素因問題(17) 陸奥湾におけるホタテの大量斃死の「素因仮説」とそれに基づく対策について考察を進めています。 その前提は、次の誘因説と素因説に基づいています。 誘因1:異常高温 誘因2:餌不足 素因:ホタテ斃死による無酸素水塊の連鎖反応的
『「光マイクロバブル文明史」考(第6150回記念)(22)陸奥湾ホタテ問題(23)』の画像

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ここはすでに春(8) 沖縄滞在の9日間は、非常に過ごしやすい、ここちよい日々となりました。 ヒマワリさんのCD録音の鞄持ちとはいえ、今回は知人友人のみなさんとは一切面会せずに、懸案の文筆作業一本に絞って過ごしたことが有意義だったようで、帰路の飛行機のなかでは
『宝島(6200回記念)(8)ここはすでに春(8)』の画像

ここはすでに春(7) 沖縄滞在も正味後1日、明日は朝早くホテルを出発して那覇空港に向かう予定です。 例によって、新鮮野菜を中心にした朝食をいただきました。 そのなかに、非常におもしろい料理がありましたので2つほど紹介しておきましょう。 その最初は、沖縄風の
『宝島(6200回記念)(7)ここはすでに春(7)』の画像

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ここはすでに春(6) 沖縄市の高台にある宿泊ホテル「沖縄グランメールリゾート」の3日目です。 このホテルの朝食には、ふんだんに沖縄料理が揃えられていますので、それこそ、毎朝の食事が楽しくなりました。 本稿においては、前回に続いて、沖縄という宝島の極上料理の
『宝島(6200回記念)(6)ここはすでに春(6)』の画像

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ここはすでに春(5) 15日の15時過ぎに、次の宿泊ホテル「沖縄グランメールリゾート」に到着しました。 このホテルは、昔「東京第一ホテル」と呼ばれていた時期があり、その後しばらく閉鎖されていたのがリフォームされて今の形態になったようです。 このホテルの玄関に入
『宝島(6200回記念)(5)ここはすでに春(5)』の画像

ここはすでに春(4) 15日の午前中に、ヒマワリさんの8枚目のCD収録が終わりました。 ほっと安堵の表情よりは、「やり切った!」と喜びながらの帰還のようでした。 収録が終わってすぐにディレクターの作曲家新垣雄さんが、 「音楽で何を伝えるかが大切なことですね」と
『宝島(6200回記念)(4)ここはすでに春(4)』の画像

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ここはすでに春(3) 14日の午後から家内の演奏のCD収録の前半が開始されました。 そのスタジオは、「T・TUTTY(ティー・トゥッティー、「みんないっしょに」の意味)」といい、素敵な響きと世界最先端の録音機器を備えられていました。 ここで作曲家の新垣雄さんの監修の
『宝島(6200回記念)(3)ここはすでに春(3)』の画像

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