沖縄はすでに初夏(2)
前庭の記念樹ミモザが、最高潮の満開に至っています。
青空の下、春のそよ風にやさしく揺れています。
今日は撮影日和、このチャンスを逃す理由は見当たりません。
この温かい陽光が射しこんでくるリビングおいて、ヒマワリさんの8枚目のCD(試作バージョン)の鑑賞会が続いています。
これを何度か繰り返しているうちに、この歌曲の持つ意味が徐々に解るようになってきました。
それは明らかに昨年リリースしたCDの7枚目とは大きく違っていました。
このなかにも「長崎の鐘」、「青い空は」など、反戦と平和を願う歌が入っていました。
しかし、この8枚目においては、戦時中の長生炭鉱の事故の犠牲者を鎮魂したレクエイム『海の墓標』組曲全6曲がヒマワリさんのソロで歌い上げられたことでより深く、より心の奥まで届けられています。
この犠牲者とは、朝鮮半島から連れられてきた若者135名と48名の日本人の183名です。
1日2円の日当で12時間働かされ、事故が起きた1982年2月5日は総動員体制で石炭を掘らされていました。
異変を察したネズミたちは、その直前に一斉に逃げ出したといわれています。
青空の下、春のそよ風にやさしく揺れています。
今日は撮影日和、このチャンスを逃す理由は見当たりません。
この温かい陽光が射しこんでくるリビングおいて、ヒマワリさんの8枚目のCD(試作バージョン)の鑑賞会が続いています。
これを何度か繰り返しているうちに、この歌曲の持つ意味が徐々に解るようになってきました。
それは明らかに昨年リリースしたCDの7枚目とは大きく違っていました。
このなかにも「長崎の鐘」、「青い空は」など、反戦と平和を願う歌が入っていました。
しかし、この8枚目においては、戦時中の長生炭鉱の事故の犠牲者を鎮魂したレクエイム『海の墓標』組曲全6曲がヒマワリさんのソロで歌い上げられたことでより深く、より心の奥まで届けられています。
この犠牲者とは、朝鮮半島から連れられてきた若者135名と48名の日本人の183名です。
1日2円の日当で12時間働かされ、事故が起きた1982年2月5日は総動員体制で石炭を掘らされていました。
異変を察したネズミたちは、その直前に一斉に逃げ出したといわれています。
みな「これは危ない、事故が起こる」と叫んだそうですが、監督者たちは、それを無視して無理やり石炭を掘らせ続けさせたのです。
海の底約200mにところで、この大規模な水没が起こり、炭鉱夫たちは皆生き埋めになりました。
大戦下の痛ましい事故であり、犠牲者の家族には連絡もなく、何の謝罪もありませんでした。
この『海の墓標』は、作詞芝憲子、作曲池辺晋一郎で製作され、初演は、1993年にヒマワリさん主宰の女声合唱団「コールヴィリア(山口県周南市)」でなされました。
33年後
以来、33年の時を経て、今度はヒマワリさんのソプラノソロとして復活したのです。
私は、その初演を鑑賞した一人でしたが、それを33年ぶりに聴くことになりました。
率直に語れば、その感想はかなり違っていて、より心に迫る印象を覚えました。
初演の1993年といえば、日本経済のバブルが崩壊して2年足らずですので、今ほどに低迷しておらず、日本経済の牽引力であった製造業も元気でした。
ところが今では、長引くウクライナ戦争、ベネズエラ、イランなど世界各国において多くの戦禍が発生しています。
さらには、途方もない軍事費の突出が大衆の日常における生活困窮を尻目にして拡大され続けています。
おそらく、この独唱は、その危険な流れに抗して、鮮やかに、心の底まで平和を願い、深く犠牲者のみなさまと家族、そして友人のみなさんのためのレクエイムになるにちがいありません。
さぞかし、この『海の墓標』の契機となったドキュメンタリー『海鳴りのうた ~朝鮮半島から来た炭鉱夫たち~』(1991年、民放連賞優秀賞)を製作された山口放送ディレクターの磯野恭子も草葉の陰で喜ばれていることでしょう。
ハングルの歌曲
さて、次の重大な問題は、この『海の墓標』の前後の曲をどう配置するかでした。
まず、『海の墓標』のすぐ後に何を入れるかが検討されました。
迫力満点の深い鎮魂歌の後ですので、それを地域や日本、そして世界に広げていくことを展望する曲がよく、それが映画「ひまわり」の日本語による曲でした。
今のウクライナ地方にある「ひまわり畑」で「ひまわりが風で静かに揺れる」情景がみごとに歌われていました。
次は、この『海の墓標』に導かれる曲をどうするか、ここでヒマワリさんが考えたのが、全5曲をハングルで唄い続けることでした。
それは、CDの第3局目から始まります。
それらを順に示しましょう。
● 花(沖縄の喜納さん作詞作曲の歌をハングルで歌う)
● カゴパー(韓国の望郷の有名な歌曲)
● プサン港へ帰れ(日本でも流行した歌謡曲、長生炭鉱の犠牲者は、プサン港から日本へ
連れて来られました。
● 同人草(与謝野晶子の作詞が韓国で大流行したテレビドラマの主題歌になりました)
● 懐かしき金剛山(有名な歌曲)
この5曲に続いて『海の墓標』全6曲が設定されたのです。
これらを静かに拝聴しながら、それらが徐々に盛り上がり、大河のような『海の墓標』に流れ込んでいく様を想像していました。
南風(はえ)の祈り
これらは、海の底に今尚沈んだままで嗚咽している犠牲者のみなさんの「慟哭(どうこく)」であり、それをやさしく耳にしながら、海を渡って届けてくれるのが南風(はえ)ではないでしょうか。
私のヒマワリさんは、ご自分のCDを聴きながら毎回涙を流されています。
それだけ苦労をし、練習を積み重ね、想いを遂げてきた灌漑が迫ってくるからなのでしょうか。
暖かい南風が、この海の底の慟哭と嗚咽を少しでも多くのみなさまに届けてくれるように祈ることにしましょう(つづく)。
AI画像(参考)

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