「宝島」(2)
本小説における主人公の「オンちゃん」は、戦果アギヤーとして嘉手納基地に侵入して米軍の物資を盗んで帰ろうとして、それが発見されて必死で逃げようとしていました。
これが小説の冒頭の設定であり、オンちゃんの弟のグスクとレイも一緒になり、この3人が、基地内になったふしぎな場所であったウタギが住んでいた霊所に逃げ込みます。
そこで米軍に追い詰められ、この3人もバラバラになって、グスクとレイは、辛うじて基地の外に出ることができました。
しかし、リーダーのオンちゃんは、そこから行方不明となったままで、この宝島の物語が動き始めます。
その後、レイは警察(「琉警」)に逮捕されて那覇の刑務所に収監され、グスクもオンちゃんの行方を確かめたくて自ら捕まって、そこに入ります。
なにせ、当時の沖縄は食ってはいけない人々が多く、そのなかには盗みをする人も多かったので、那覇の刑務所は囚人たちで溢れていました。
また、米軍を後ろ盾にした琉警による刑務官は横暴で囚人たちをいつも傷めつけていました。
そこで、囚人たちが蜂起し、その先頭にいたのがレイでした。
この囚人のなかに、大物思想犯として逮捕された瀬長亀次郎(当時人民党党首、後の那覇市長)が入ってきました。
ほとんどの囚人たちは、この瀬長亀次郎を尊敬していましたので、蜂起の治め方を相談し、代表団を選んで、刑務所当局との交渉を行うように知恵を与えられました。
しかし、急先鋒のレイは、それに満足せずに刃向かうと、瀬長は、レイのたくましさを褒めて、
「人民党に入ったらどうか!」
と優しい言葉を投げかけました。
しかし、レイは、その言葉の意味を理解することができずに反発しました。
こうして、グスクは出所後に警察官になり、レイはコザを仕切るヤクザの部下になり、それぞれがたくましく成長していきます。
また、オンちゃんを慕っていたヤマコは小学校の先生となり、生徒に寄り添った先生としての修行を重ねていきます。
しかし、このヤマコの小学校に不幸が訪れ、米軍の大型爆撃機が落下し、ヤマコの組の生徒三人が亡くなってしまいます。
ヤマコは、目の前で起きたむごたらしい事故にショックを覚え、自分の無力さに沈み込んでしまいました。
グスク、レイ、ヤマコの成長物語
毎日のように米軍の犯罪が頻発していたコザにおいて、この三人は、行方不明となっていたオンちゃんを慕いながら、それぞれの立場から米兵に抗してたくましく闘っていきます。
グスクは、米軍の治安警察の一員にもなって、米軍統治を手助けをする任務を担うようになりますが、それが米軍の秘密諜報部員に疑われて、日本政府の秘密工作員から瀕死の拷問を受けました。
レイは、ヤクザのコザ組には居れなくなって、同じ那覇組に近づきますが、ここからも離れて、奄美の悪石島に流れていきます。
ここで、「オンちゃん」のその後の足跡を知り、かれが無事に嘉手納基地を抜け出して生きていたことを確認したのですが、しかし、そこからの「オンちゃん」の行方が再び解らなくなりました。
しかし、この経験を経て、レイは成長し、ますます「オンちゃん」を慕い、かれがしてきたことを自分がやろうと決心するようになりました。
米軍の爆撃機の落下事故(この事故は実際に今のうるま市石川で発生)で教え子を目の前で亡くしたヤマコは、そのショックから立ち直り、教職員組合運動のリーダーとなっていきました。
1967年2月には、争議行為の制限などを目的とした「地方公務員員法」および「教育公務員法」(「教公二法」)への反対運動が盛り上がり、ヤマコは、その先頭に立って、最後には2万5千人もの県民が参加して、その法案を廃案に追い込んだのでした。
このように、戦果アギヤーのリーダー「オンちゃん」の足跡は、警察官のグスク、身代わりのレイ、教師のヤマコなどの成長によって引き継がれていったのであり、それらをダイナミックな生き方として、著者はリアルに描いていたのです。
ここで、新たに浮浪児としての「ウタ」が登場してきました。
後に、かれが、オンちゃんに関して重要な鍵を担っていた人物でしたが、この物語は、そのことが最後にわかる仕掛けになっていました。
そして、かれがなぜ「ウタ」と呼ばれていたのかも判明しますが、グスクやレイ、そしてヤマコにとっては、可愛い、人懐っこい子供として受け留められていました。
沖縄魂
ここまでが、前半までの粗筋ですが、それらは、オンちゃんの行方を巡ってのドラマチックな事件の連続であり、それらのなかで、かれらとかのじょは、その都度悲嘆に喘ぎながらも、そこから這い上がる沖縄魂があり、それを乗り越えていくことを、著者はみごとに叙述していきます。
そのなかで、沖縄方言を駆使し、沖縄人(ウチナンチュ)の心情を深く理解し、米軍と傀儡の琉球政府の勝手な振る舞いを、何度も跳ね返していくことをみごとなドラマに仕上げています。
沖縄に住み、沖縄人と深く交流しないかぎり、このような広い知識を得、深い理解に到達することはできない、こうおもいました。
若いころに2年間、琉球大学助手として単身赴任し、その帰りにはもう一人増えて二人となり、その後は数十回と沖縄に出かけ、昨年は1週間の沖縄滞在を経験することができて、これらを通じて、その結縄人のスピリッツとやさしい思いやりを少しづつ理解できるようになりました。
その意味で、この骨太の直木賞小説は、真におもしろく、ゆかいな傑作でした。
それらが戦果アギヤーのオンちゃんに示され、その後を立派に受け継いだグスクとレイ、そしてヤマコ、その3人の成長を育んだコザとその人々、これらを巻き込んだ人間ドラマは、その人間らしさと不屈さを克明に描き出していました。
次回において、このコザの物語は、いよいよ後半に突入していきます(つづく)。

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