「宝島」  
 
 いよいよ師走も近くなってきました。

 しかし、一方で、ここちよい秋の深まりが長く続いています。

 少し前に、ある週間誌に、この「宝島」という、大変おもしろそうな小説の著者である真藤順丈さんのインタビュー記事を読むことができました。

 初めて聞く、作家名と小説名でしたので、興味深く、このインタビュー記事を拝読しました。

 この最後に、かれは、宇部市の長生炭鉱跡地で人骨が出たことに注目して、この問題を深く調査したいという旨の話をしていました。

 これは、かなりの社会派小説家ではないか、とおもって経歴を調べると、そのなかで直木賞を受けた作品『宝島』がありました。

 しかも、これは戦後直後の沖縄のコザ市を舞台にした物語でしたので、すぐにアマゾンで発注しました。

戦果アギヤーの「オンちゃん」

 さて、この物語の主人公は、「戦果アギヤー」と呼ばれていた「オンちゃん」でした。

 日本唯一の地上戦が沖縄であり、アメリカ軍は、読谷村から上陸し、広大な平地であった嘉手納に飛行場と基地を造りました。

 日本で唯一のカタカナの市名であった「コザ」の由来は、戦後米軍が越来村の「胡屋(ごや)」地区を「KOZA」と呼んだことで、その呼び名が広まって「コザ」となったのが有力な説のようです。

 また、この胡屋に野戦病院や物資集積場などが建設され、「キャンプ・コザ」ともいわれていたそうで、一時期は「胡差市(こざし)」となったこともあり、その後、越来村、コザ村、そしてコザ市になり、現在は沖縄市と改名されています。

 嘉手納基地は、このコザ市と隣接しており、その隣接道路は、「ゲート通り」と呼ばれていました。

 私の家内の家族は、この胡屋に住んでいましたので、そこから西に少し歩くと、このゲート通りに至り、そのすぐ北側には、嘉手納基地に入るゲートが見えていました。

 このコザ市で、戦後すぐに活躍し始めた若者が「戦果アギヤー」でした。

 周知のように、日本はアメリカとの戦争に敗れ、沖縄では唯一の地上戦が行われ、甚大な被害を被ったのが沖縄の人々でした。

 アメリカ軍は、その日本の敗戦と共に嘉手納空港とその周辺の広大な土地をブルトーザーと銃剣で占有し、空港の拡張を始めとしての占有を遂げていったのでした。

 平地で陽あたりがよく、地下水が豊富であった、この嘉手納町は豊かでのんびりした農村地帯であり、戦前は那覇まで行く鉄道もありました。

 そこが米軍に突如として占領され、そこに住んでいた人々は強制的に追いやられたのでした。

 戦争に敗れ、住居や農地も奪われ、狭いところに押し込まれたのが、コザ市民や嘉手納町民だったのでした。

 コザの多くの人々は、仕事もなく、食べ物もなく、困窮の真っただ中で、金周りのよかったのは米兵のみであり、かれらを対象としての商売をすることで、飢えを凌ぎ、生計を立てることを余儀なくされました。

 それでも、赤貧に喘ぐ人々も多く、浮浪児が街に溢れていました。

 そのような辛酸のなかで、十歳台後半の若者が中心になって、米軍基地のなかに侵入して、生活必需品を盗んでコザ市民に配布し始めたのです。

 かれらは「戦果アギヤー」、すなわち、基地のなかの物資を盗んできたものが「戦果」と呼ばれ、「アギヤー」とは「持ち帰る者」のことでした。

 この戦果アギヤーは、未曽有の困難な時代のなかで、たくましく生き抜くための「抵抗の精神」の象徴として大歓迎されたのです。

 小説『宝島』においては、この戦果アギヤーのリーダーが「オンちゃん」と呼ばれる若者でした。

 かれには弟が二人いて、その名は「グスク」と「レイ」でした。

 この三人に加えて、オンちゃんの恋人であった女性の「ヤマコ」がいて、かれらと彼女が素晴らしく活躍する様が、この物語の面白さでした。

 作家の順丈さんは、東京生まれであるにもかかわらず、沖縄の歴史と人情、そして方言にも詳しく、みごとなまでに沖縄人(ウチナンチュ)の人情と沖縄の風情、米軍政府下での従属状態を明らかにしながら、骨太い、ドラマチックな物語を書き上げています。

 これは、単行本で541頁の超大作であり、さすが直木賞作品とおもいながら、一気に読み進めることができました。

 本土復帰直後に沖縄の琉球大学に赴任し、実際に生活し、そこから離れた後も数十回に及ぶ沖縄訪問をしてきた私にとって、沖縄は第二の故郷のような存在になっていますので、そのおもいを踏まえて、この読了を済ませたのでした。

 そして、「明けもどろの地」沖縄の存在とダイナミックさの意味を再考することになりました。

 その想いを深めながら、次回は、「オンちゃん」の活躍ぶりを紹介しながら、この「戦果アギヤー」の果たした役割について、よりふかく、よりおもしろく分け入ることにしましょう(つづく)。

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  ブーゲンビリア(沖縄市祖母の生垣で撮影)