非常識の門(2)
「D君、この実験は、そう簡単ではありません。
そのことは、あなたもよくお解りのことでしょう。
実験が難しいということは、他の人たちが、それだけ容易に実験をすることができないことを意味しています。
いざ、実験を始めると、ここが問題だ、ここはこうした方がよいなどの改良点が山ほど出てきます。
それらを一つ一つ乗り越えていくことには創造性が必要です。
そして誰もできないような創意工夫を行って、困難を克服していくことで『非常識の門』が観えてくるのです」
研究員のD君のよいところは、私のアドバイスを真摯に受け留め、それを素直に実行しようとするところにあります。
この繰り返しによって、D君の腕前は、とんとん拍子で上達してきました。
こちらも、それを踏まえて、ますます難しい実験を試みてはどうかという提案をしています。
しかし、そうはいっても、問題がないわけではありません。
時々、本来の問題を見失って、安きに流れてしまうこともあります。
「そうだと、何を目的にして実験をしているかが解らなくなりますよ!それが、より簡単だからと、それに流れてしまうと、何をしているのかが解らなくなりますよ!」
こういって、きちんと批判することもあります。
「難しいから、誰もできないことだから、それを遂行する価値があるのですよ!」
こういう度に、よく頷いてくださるようになりました。
しかし、このように非常識の門を通過していくと、そこに待ち受けているものは、さらに、その非常識さが増してきて、より確固とした難関が待ち構えています。
昨日は、市販のビデオカメラを用いて、光マイクロバブルフォームの動画撮影を試みましたが、やはり、これは難しく、失敗を繰り返しました。
なぜ困難だったのか、それを振り返ってみました。
①光マイクロバブルフォームは、非常に小さくて、二桁以下のマイクロメートルサイズの可視化が必要です。
普通の市販のビデオカメラでは、これを精度よく可視化することができません。
しかし、このカメラにはズーム機能が備わっていますので、まずは、顕微鏡のような拡大機能を持たせ、さらに、それをズームアップして動画撮影を行おうとしているのですから、これは容易ではない撮影方法といえます。
②また、このカメラは光源がないと撮影できませんので、最低限の光量の確保がまず必要です。
逆に、光が強すぎると、それが気泡に反射しすぎて、その実像を鮮明に可視化することができなくなります。
まるで、尖った尾根を上へと登っていくような際どさで、しかし、確かな実像を得ることができるように極めていくのです。
③これらの撮影条件がある程度整ってきても、実際の現象が人為的に形成されたものであってはいけません。
昨日は、この予想しない現象が起こっていたようで、それは、まず照明の熱が作用して対流が生成されていたのかと疑いましたが、どうやら、その作用はほとんど出ないように、光源照射の方法を工夫しました。
しかし、泡そのものが上昇しながら、それを強め、そこに泡が集中してきて、さらに上昇の対流が起こっていたことは予想できなかったことでした。
狭い隙間において、いくら泡が小さくても、その一部が上昇し始めると、そこに泡が集中してきて連続的に泡の上昇流が形成されていたのでした。
可視化スペースが閉鎖水域になっておらず、前後左右が開放されていたために生起した現象でした。
これでは、静水中で非常にゆっくりと上昇を遂げていく単独の光マイクロバブルフォームの動画画像を撮影することができないことが明らかになり、その方法を最初から考え直すことを余儀なくされてしまいました。
この上昇速度は、毎秒10㎛前後とおもわれますので、非常にゆっくりした動画画像ですが、それを非常に拡大させた画像として撮影しようとしていますので、それは結構な速度の撮影画像になります。
この撮影画像を得ることによって、その上昇過程における光マイクロバブルフォームの動的挙動とサイズの変化、そして上昇速度を精密に解析できるようにすることが、この実験の目的です。
はたして、その成就によって、その非常識の門のいくつかを通過できるか、それは、D君との創意工夫のいかんに関わっているようです。
高価なマイクロスコープという装置があれば、ある程度簡単に実験できることですが、それを100分の1以下の価格の機器で成し遂げようとしているのですから、それだけ容易ではなく、しかし、そこに達成の意味があるのではないでしょうか。
とにかく、この非常識への登坂は続けるしかなく、やがて、その新たな峰に辿り着くようになることを希求しながら、これに専念していくのみですね。
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