森村誠一氏を偲んで(3)

 作家の森村誠一さんの『人間の証明』において初登場し、活躍したのが刑事棟居弘一良でした。

 これを契機として、この棟居刑事が活躍する推理小説が、次々に世に出され、この棟居刑事シリーズを第6巻まで読み進めることができました。

 1)『最後の矜持』

 2)『棟居刑事の殺人の人脈』

 3)『棟居刑事の復讐』棟居刑事シリーズ第1巻

 4)『棟居刑事の追跡』

   1)~4)は前記事までに読破。

   5)『棟居刑事の情熱』棟居刑事シリーズ第2巻

 6)『棟居刑事の推理』棟居刑事シリーズ第3巻

 7)『棟居刑事 悪の山』棟居刑事シリーズ第4巻

 8)『棟居刑事の憤務』棟居刑事シリーズ第5巻

 9)『棟居刑事の断罪』棟居刑事シリーズ第6巻
 
 いずれも、棟居刑事の活躍によって、真犯人が探り出され、事件は解決していきますが、その過程は、非常に複雑で、入り組んだ推理が展開されていきます。

棟居刑事の人間性

 森村さんは、この棟居刑事シリーズを始めるにあたって、かれをどのような主人公にしていくのか、そのことを相当に思案されたのではないでしょうか。

 その結論は、棟居刑事を徹底して刑事らしくする、刑事中の刑事にする、どこまでも、どんなことが起きても刑事に徹することができるようにする、そのために、刑事がゆえに不幸に陥れ、っそれでも刑事として這い上がる、このような人物像を描いたのでないでしょうか。

 まず、かれが9歳の時に、進駐軍のアメリカ兵によって公衆のなかで、かれの父親が殴り殺されるのを、棟居少年が目撃するという悲劇を示します。

 ここで棟居少年は、絶対に不正義を許さないと肝に命じて刑事になることを決意しました。

 刑事として不正義の犯人を許さないという正義を自らに打ち立てようとしたのです。

 そして、その心の命ずるままに刑事になり、犯人を追いながら正義を貫く刑事を全うしていきます。

 しかし、その棟居には、さらに不幸が襲ってきます。

 よい伴侶を得て結婚し、娘も生まれて幸福な家庭と安らぎを得ようとしていたのも束の間、ある日夜遅く帰宅してきた棟居の前には、無残にも殺された妻と娘の姿が待っていたのでした。

 だれが、このようなひどい惨殺をしたのか、と棟居は想いを巡らしますが、まったく、その犯人像がうかばないまま、さらに惨いことになったのは、その犯人捜しを棟居自身が担当できなかったことでした。

 この二重、三重の苦闘のなかで、棟居は、刑事としての試練に幾度となく会いながらも、そこからさらに地を這うように、そして血反吐を履きながら、刑事としての自立をなしていきました。

 この刑事としての自己形成を洗練させてきた棟居刑事は、麹町署から警視庁の捜査一課に呼ばれ、那須(警視正)班に配属され、その名コンビが生まれました。

 また、いつも否定的な意見をいって慎重派の刑事部長の山路との真剣な「やり取り」がおもしろく、この山路が否定的な発言する度に、棟居の主張がより鮮やかに的を射ていくように展開していく様が、じつに巧妙に組み合わされています。

棟居刑事の情熱

 上記の5)を読み進めながら、その「情熱」は、どのように語られているのかを興味深く探していました。

 しかし、その「下り」は、なかなか出てこず、森村さんは、なぜ、このようなタイトルを付けたのかという「おもい」を募らせていました。

 そしたら、文字通りの最後の最後に、次のように述べられていました。

 「警察官は家族が危難にさらされても、一番後まわしにしなければなりません。警察官だけではなく、消防士も医者も、他の市民が危険に陥っているとき、まずそちらを優先して救わなければなりません。

 家族はいつも後まわし、それも一番後まわしです。それが我々の仕事なのです。

 個人としては家族を最も先に救いたいとおもうのが人情です。

 しかし、我々がそれをしたらおしまいです。社会の安全と秩序は私たちの家族の犠牲によって保たれているといっていいでしょう。少なくとも私はそういう誇りを持っています。

 しかし、私たちはそれでよい。自分の仕事の誇りや使命感を追求しているのですから。

 しかし、家族は可哀想です。だから、もう二度と家族は持つまいと決心したのです」

 これは、棟居刑事が、犯人から殺害された被害者の娘であった本宮桐子さんに、飛行機の中で吐露したことでした。

 それを聴いて彼女は、こういいました。

 「ずいぶん厳しい考え方ですわね」

 「べつに厳しいとはおもっておりません。職業的な心の傾向ですよ。情熱ともいってよいかもしれません」

 本小説においては、この一カ所だけに、この用語が記されています。

 棟居刑事は、この桐子さんと穂高への山登りの際に偶然知り合いました。

 彼女は、亡き父との約束だった穂高登山を一人で敢行するなかで棟居に出合い、その登頂を棟居の手助けで叶うことができました。

 以来彼女は、偶然にも父親殺しの事件を追う棟居と再会し、互いに好意を持つ関係になっていましたが、ここで、棟居刑事の本音が吐露され、その情熱に圧倒されてしまったのでした。

 すでに棟居は、刑事という職業人としての使命を全うすることを確立しており、そこには桐子さんが入り込む余地は少しもなかったのです。

 ここで注目すべきことは、棟居の刑事としての自己確立によって、刑事としての心情と直観、分析力がますます研ぎ澄まされてきたことでした。

 これは、刑事としての「精進による洗練」といってもよいでしょう。

 森村推理小説のおもしろさ

 推理小説の面白さは、その先達の松本清張が示した事件の複雑な様相と絡みを解きほぐしていくことにあります。

 偉大な先輩として清張の域に達することをめざした森村は、これをさらに現代的に発展していったことに特徴があるようにおもわれます。

 その第1は、その犯罪捜査が、複数(ほぼ4件)で起こり、それらが微妙に絡み合い、そして、その推理の親交によって、その明瞭な関係が徐々に明らかにされていくところにあります。

 その際に、非常に微妙で何気ない道具や人間関係が最初に浮き彫りになり、それらを起点にして、犯罪や犯人の正体が、4半分の最後のところで明らかになり、それらを鍵にして事件が解決へと導かれていくことになります。

 それゆえ、前半から後半にかけては、本星は見えてこず、その周辺者たちが、さもその事件にやや関係して現れるという構図になっています。

 これらの事件の複雑さが謎を生み、その謎を追っての探索がおもしろさを増させているのです。

 この推理を、担当の刑事たちが展開していきます。

 その中心の核が主人公の棟居刑事であり、まず、その相棒の若手刑事との会話で、その推理が進んでいきます。

 それを捜査会議で報告すると、決まって刑事部長の山路が否定し、その見解の弱点を突いてきます。

 じつは、この水をかける山路の意見が重要であり、それを知恵と行動で突破していくのが棟居らの仕事になっていきます。

 その際、非常に重要な捜査に関わる方向性の基本を決めるのが、那須班長であり、その那須は、容疑者の事情聴取においても主要な役割を果たして、犯人を追い詰めていきます。

 殺人事件の発生によって、それぞれの所轄の警察と棟居が所属している警視庁の捜査一課が協力して合同捜査を行なうことが多く、その折に、まず棟居刑事の直観力が発揮されることで、その展開が始まります。

 何気ない現象(人の言動や物)が、その事件に関係していることを、棟居刑事は直観的に洞察しながら、そこに犯罪の道筋を明らかにしていくのです。

 その洞察の次には、複雑に絡み合った諸関係を一つ一つ正確に分析し、そこに犯罪における因果関係を明察していくという分析力が必要とされます。

 長い間の刑事としての試練のなかで、棟居刑事は、その精進と洗練によって直観力を磨き上げ、そこから、犯罪を暴く鍵となる関係や物を見出していき、それらを土台にして犯罪性の因果関係や犯人の動機と目的を理路整然と洞察していくのです。

 そして後半における半ばを過ぎたあたりで新たな登場人物が明らかになり、それを契機として、すべての謎が解けて、最後に犯人像が観えてくるという「仕掛け」になっています。

    森村推理小説の基本的な構造は、このようなものですが、これをさまざまなシチュエイションで脚色して、よりおもしろくする、より臨場感を出して読者をハラハラさせ、その一方で棟居刑事の直観力と洞察力をますます研ぎ澄まして洗練させる、この探究が持続しているのだとおもいます。

 未だ、棟居刑事シリーズの全13巻を読破していませんが、中間的な段階において、その考察を試みてみました。

 そして、おかげで森村読書を楽しんだ若いころのことを鮮やかに想起することができました。

 残り6巻のすべては、すでに購入済みですので、これらを読破した後に、今一度森村推理の醍醐味により深く分け入ることにしましょう(つづく)。

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クリスマスローズ(前庭)