常識と非常識(3)

 エジソンが、有名な大学で非常に優秀な部下が、与えられた問題解決がどうしてもできなかったことを観て、かれに何を教えようとしたのか、この問題は、非常に教育的な示唆を有していました。

 ここでまず、イギリスの教育学者のウィリアム・アーサー・ウォードの有名な言葉を引用しておきましょう。


 平凡な教師は、言って聞かせる。
 良い教師は、説明する。
 優秀な教師は、やってみせる。
 しかし、
 最高の教師は、生徒の心に火を点ける。

 エジソンは、優れた教育者であったことから、このウォードの言葉に因めば、その優秀な部下を非常識のなかに誘うことによって、かれの非常識の心に火を点けようとしたのです。

 そのためには、かれを非常識の環境のなかに閉じ込めるようにしました。

 研究室のドアをロックし、そこを外出禁止にして、家にも帰らせないようにしました。

 そのなかで、問題の解決策を見出せと迫ったのです。

 家族は、家に帰ってこないことを心配して、研究所にまで押しかけてきても、エジソンは平気であり、その封じ込め作戦を止めようとはしませんでした。

 閉じ込められたご本人も、意を決したのでしょうか、本気で難問の解決に取り組むようになっていったのでした。

 もちろん、エジソンも、かれと一緒に寄り添い、その非常識の時空間を共にしたのでした。

 この非常識の時空間のなかで、かれは、それこそ非常識な解決策を見出し、みごとに、そこから脱出することができました。

 これがエジソンの名教育の方法だったのです。

 この教訓を、私の事例を含めて、より深く考えてみましょう。

ある開発

 1995年のT高専のテクノ・リフレッシュ教育センター長の時に、地元の中小企業から、「お掃除ロボット」の開発依頼がありました。

 ロボットについては専門家ではない、と思いながら、その話をよく聞いてみると、それは、流体力学や熱力学に関することでしたので、「一緒に開発してみようか」という気持ちになりました。

 その到達目標は、床にワックスを塗りながら同時に乾かしていくことにありました。

 早く塗ったワックスを乾燥させることができれば、それだけ短時間に効率よく床の清掃が自動的に完了しますので、清掃業者にとっては、真に待ち望んでいた開発でした。

 そこで、用意されたのは、電熱ヒーターと送風機、そしてワックス塗布装置などが配備された自動運転車でした。

 これを私の研究室の前に置いていたところ、「また、変なことを始めた」と一部の教員や学生たちが噂をしていました。

 「大成が、ロボットの開発をしようとしている?冗談じゃない!」

とでもいっているようでした。

 こちらも、

 「私であっても、ロボットの開発はできるかもしれないのだよ!」、

こう切り返してやろう、と思っていました。

 これを「虚栄心」というのでしょうか、その思いに刺激を受けながら、その取り組みが、深夜に渡って始まりました。

 最初の難問は、送風機によって形成された電熱ヒーターに風を当てると、温度が急激に下がり、ワックスを乾かすことができなかったことでした。

開発の必要条件

 ワックスを乾かすには、当然のことながら、次の基本条件が必要でした。

 1)送風機の風の速度は大きいほど良い。

 2)ヒーターの温度は高いほどよく、そこに風が当たることによって、温風の温度があまり下がらない、すなわち高温の温風の形成が可能になるようにする。

 3)これらを共に実現するには、より高い温度を発するヒーターとより速い風を送風する送風機が必要である。

 これらは、相反する機能を有しており、風を弱くするとヒーターによって熱せられた風はより高い温風になり、逆に、風を強くすると、冷たい風しか送れない、という現象に出くわしたのでした。

 「そうか!この二律背反の現象によって、地元の中小企業の社長さんは、どうしようもなくなって、こちらに持ち込んできたのか?」

 こう思って、持ち込まれた送風機とヒーターをもっと性能の良いものに変えることはできるのか、と尋ねると、

 「それは、できかねます。どうか、これでお願いします」

という頑な回答がありました。

 ここまでは、共に常識の世界における「やり取り」でした。

 「さて、どうしようか?」

 そこで、ヒータによって熱せられた温度と送風機による風の速度との関係を丁寧に調べていきました。

 しかし、何度調べても、ヒーターの温度は、風に当たるとすぐに下がり、風速が大きいほど、その降下率は高いだけのことでした。

 「これでは、床に塗られたワックスは乾かない!」

 さらに、ヒーターによって温められた風は、床面に添ってではなく、その上を通過していましたので、これもワックスを乾かさないという問題を含んでいました。

 同じような開発を行おうとした文献がありましたので、それを読むと、ヒーターの出力温度と送風機による風速が、私どもに用意されたものとは大きく異なっていました。

 より具体的には、ヒーターの出力温度がかなり高いものを用いることによって、そしてより大きな風速の形成によってようやく、ワックスが乾くという結果が示されていました。

 これによって、たしかにワックスは乾くようになるが、すぐにバッテリーを使い果たしてしまって、掃除ロボットが動かなくなってしまうことから、この開発が実用化されなかったのであろう、こう思いました。

 ここで、常識の壁が立ちはだかり、それを「非常識」として突破できるかどうかが問われることになりました。

非常識へのブレイクスルー(突破)

 その突破の課題は、次の2つにありました。

 ①真に小さな出力しかない電熱ヒーターを熱源として、それに風を当てても、ほとんどヒーターの温度が下がらない仕組みを開発しなければならない。

 しかも、それが可能であれば、風速は可能な限り、大きい方がよい。

 ②ワックスは床面に塗布されていることから、それに添った床面近くに厚さ数ミリ程度でよい風を通過させることがよいが、その工夫は可能か?

 テクノセンターの二階において、助手のW君と二人で毎夜、この開発をどうするのかを検討し続けました。

 しかし、よいアイデアを見出すことができずに、時間だけが過ぎていくことを繰り返していましたが、それは知らず知らずのうちに、エジソンが行っていた非常識への時空間入りを試みていたのでした。

 そして、ある深夜、上記の①の課題を解決する方法を見出しました。

 それは、ヒーターによって温められた風の一部をを強制的に循環させて、より温かい風を再び送風機に吸い込ませる方式をひらめいたことでした。

 この風の戻し循環率を高めていくと、そのヒーターによって温められた温風の温度はたちどころに上がっていきました。

 これが、非常識への扉を開けた「瞬間」であり、私は、うれしくなって、その戻し循環比率をより大きくしながら、楽しく、その改良を重ねていきました。

 もう一つの②の問題は、私の常識の範囲内における改良として進展していきました。

 まずは、送風機によって造り出された風を床に添って薄く流れるような風洞に変えました。

 また、さらに、その風をより壁面近くの薄い流れに変換させるために、その風洞の上側に桟(さん)状の粗度(より具体的には四角状の棒)を取り付け、それによって強制的に上側の風の流れを弱めることで、床近くの流れを強めたのでした。

 この実験に関しては、深夜において、この桟粗度を1本1本と増やしていくごとに、送風された温風の温度が確実に数度上がっていったことで、助手のW君が驚いていたことを思い出します。

 こうして、考えられないような弱風の送風機を用いて、立派にワックスが乾くことを可能にし、しかも、そのお掃除ロボットが動く速度も、当初の目標通りに稼働可能になりました。

 おそらく、この効率向上は数十倍以上にも達していたのではないでしょうか。

特許取得

 そして、この開発成果は、当然のことながら特許申請とその取得へと発展していきました。

 今振り返れば、そのW君との連日の深夜の取り組みは、エジソンが重要視していた「非常識の時空間」に入っていくこと、そして、そこで粘って新たな解決策を見出していく、そのような、訓練をしていたことになっていたように思われます。

 このような非常識入りの経験は、その後の光マイクロバブル技術の開発において、幾度も経験することになりました。

 おかげで、非常識の時空間に入っていけば、そこで生まれた非常識のアイデアは、どんどん進化的に生み出され、それらが重なって、より非常識になっていくことをよく理解できるようになったのでした。

 そして、この非常識の時空間入りに慣れ親しむことが、その後の私の人生において非常に重要なメルクマールになりました。

 次回は、その非常識の塊であった快人エジソンに、さらに、より深く分け入ることにしましょう(つづく)。

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高砂百合(前庭)