「イノベーションの本質(2-4)」

 マッド・リドレーの名著『人類とイノベーション ー世界は「自由」と「失敗」で進化する』における第6章「イノベーションの本質」に関する考察のなかに、次のフレーズが示されています。

「人々に理解されるには『15年』かかる」

 15年?

 なんと長い年月ではありませんか!

 イノベーションが、本当に理解されるには、15年の長きを要する、これがマット・リドレーのイノベーションにおける本質論のひとつなのです。

 これと比較すると、政府関係の産業論において、すぐに、それこそ2、3年でイノベーションが起こる、起こすと安易にいわれていたことが頭に浮かんできます。

 また、私自身も、著名な方に、

 「近頃は、新技術といっても5年も経てば古臭くなって廃れてしまう世の中であり、ほかの新技術と同じように、マイクロバブルもそうなるでしょう」

といわれたことがありました。

 さらに、兪 炳匡(ゆう へいきょう)さんは、その著書「日本再生のためのプランB」において、今の日本でイノベーションを起こすには約10年の歳月が必要であるが、その10年が経過するうちに、それが挫折して結局はイノベーションは起こらないことを指摘されています。

 これは、上記の「5年衰退論」や、リドレーの「15年論」にも沿っている見解といえそうです。

 それから、新技術を開発しようとしていた学者の方々がよくいわれていたことに、「実用化は、5、6年先である」という決まり文句がありました。

 それが2、3年だと早すぎて、失敗した時に問題になるが、5、6年先だと忘れられてしまうからプレッシャーにはならない、このようなことが、まことしやかに囁(ささや)かれていました。

 このように、現に、この数十年、5、6年先だと注目されていた新技術が、実際に実用化されて、世の中に広く普及したという事例は、私の知る限り、ほとんど見当たりませんでした。

 これらのことを考慮すると、イノベーションの歴史的出来事を丹念に調べて、その「15年論」を示したリドレーの説は、その本質を射抜いているように思われます。

   かれは、この15年説の正当性を論ずる際に、先に指摘した「アマラ・ハイプサイクル」の法則を持ち出しています。

 この法則とは、「人は、新しいテクノロジーの影響を短期的には過大評価し、長期的には過小評価する傾向がある」というものです。

 1995年に世界に先駆けて明らかにしたマイクロバブル技術(後に光マイクロバブル技術)のこれまでを観ても、この法則に類する現象が認められました。

 その第1は、学会のなかでの影響よりも、NHKニュース7による半年ごとの3回連続の放送、他のテレビ局の放映、新聞紙などの掲載というメディアにおける公表がなされ、その広い認知を得たことにありました。

電車のなかで

 その頃、四国地方の電車に乗って高知に向かっていたら、向かい側の席に座っていたおばあさんから、こう尋ねられました。

 「あなた、昨日、私の家の前を通ったでしょう。私は、あなたを見ましたよ!」

 「失礼ですけど、おばあさん、あなたの家は、どこにありますか?」

 「京都です。たしかに、あなたは、家の前を通っていきましたよ!」

 「そうですか。私は昨日、京都に行っていませんが、どなたか、別の方と間違えていらっしゃるのではないですか?」

 「いえ、間違いありませんよ。たしかに、あなたでした!私が見間違えるはずがありません」

 「たしかに、私の顔をみたというのですね」

 「はい、そうです」

 こういわれて、私は、はてと、しばし考え込みました。

ーーー 昨日は、山口県周南市にいたので、私とうり二つの方が京都で、このおばあさんの家の前を通ったのか?そんなことはありえない、昨日といえば・・・・。

 昨日の私は?

ーーー 昨日は、朝から研究室にいて、昼から授業を行い、夕方から出張の準備をして、7時のニュースを見るために、早く自宅に帰っただけだった。

 こう回想しながら、そうか、そうだったのかと、このおばあさんのご指摘の謎が解けました。

 そして、私は、おばあさんに、こう尋ねました。

 「もしかしたら、あなたは、昨夜のNHKニュース7を見られましたか?」

 「ええ、見ましたよ!」

 「それは、広島のカキの話ではなかったですか?」

 「はい、そうでした。大きく成長した若いカキができていました。おいしそうでしたよ」

 「そうですか、ところで、そこに私は出ていませんでしたか?」

 こう尋ねられ、彼女は、にんまりと微笑んで、自分の勘違いにようやく気付かれたようでした。

 このやり取りを通じて、私は、しみじみと次のような感想を抱くことができました。

 「そうか、メディアのおかげで、日本の隅々までマイクロバブル技術が一挙に広がって、このおばあさんにまで伝わっているのか。これは、とてつもなく大変なことではないか!」

 それは、この事実をどう背負っていくのか、どう背負っていけばよいのか?

 そのことを真剣に考えさせられた出来事でした。

 さて、リドレーの「イノベーション15年論」に戻ると、光マイクロバブル技術の場合は、1995年の初の発表以来、このNHK他の報道がなされたのが、1999~2000年にかけてですので、わずか、4~5年で、その認知が全国民に対してなされたことになりました。

 関係者によれば、NHKニュース7の視聴者は約1000万人だそうですので、多大な影響力を有しています。

 そのため、新技術の放送の際には、予め、技術審査委員会が開催され、それを放送してよいかが審査され、そこで合格したものだけが放送されるのだと、NHKの記者から聞かされていました。

 広島のカキ養殖改善に関する私の研究成果については、このNHKニュース7による放映が半年ごとに連続で3回行われましたので、その視聴者数は約3000万人でした。

 続いて「おはよう日本」で4回、民放の放映、新聞紙などを加えれば、数千万人の方々が、これを受容し、認知していくというダイナミックな宣伝と流布がなされたのでした。

 ここで、上記のアマラ・ハイプサイクルの法則が、光マイクロバブルの場合に当てはまるのかどうかをより詳しく考察してみましょう。

 1995年に初めて日本混相流学会において、マイクロバブルの発生技術に関する講演発表を行ったことは、本技術の創生を意味することでした。

 それから5年のうちに、上記のように本技術の成果に関するメディアによる報道がなされ、その国民的受容と流布、認知の深まりが達成されました。

 この現象を、アマラ・ハイプサイクルの法則に照らして考察すると、それらは、次のような特徴を示していました。

 新たな技術として創生されたマイクロバブル技術は、その現場における成果として、そのままが、メディアによって大規模なスケールで連続して報道されました。

 この報道においては、その成果が、過大評価も過小評価もなされず、正しく示されました。

 その意味では、その当初においては、この法則は適合しませんでした。

 しかし、その後においては、それとは異なる現象が発生しました。

 そのことについては、次回において、より深く分け入っていくことにしましょう(つづく)。

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コスモス(前庭)