不易流行の境地
松尾芭蕉が「奥の細道」において到達した「不易流行」という概念確立の問題をどう考えればよいのか、そのことを光マイクロバブルとの関係において、今一度考究することにしました。
森村誠一さんは、この名言を次のように解説しています(前記事の再録)。
「不易流行」は風雅の乞食、芭蕉の行雲流水の旅から得た名言である。時代の最先端にある流行と、変わらざる不朽の価値とは一見、一聞相反するようであるが、不朽の価値を追っての流行(漂泊)が風雅の究極(きわみ)として永遠の蕉句に結晶したのである。
これは、それまでの地位と評判、財産、人間関係などのすべてと縁を切って、道の奥州へと旅に出ることによって初めて得ることができた「概念と境地」でした。
ここに芭蕉の凄さと偉大さがありました。
しかし、この旅によって、芭蕉は「風雅の乞食」になることができたものの、そこから生み出されて「不易流行」の境地は、かれの弟子や支援者、そして庶民に、ますます親しまれ、尊敬される現象を発生させたのでした。
そして、その境地には不朽の価値が存在していたことから、後世の日本はおろか世界中の人々に影響を与え、普及していったのでした。
このような風雅の旅、時代の最先端を歩むこと、そして不朽の価値を追うことを極めようとした芭蕉のチャレンジ精神は、日本人としての芭蕉が産み出した創造であり、偉大で貴重な先達としての財産といえます。
そのことに誇りを持ち、それに励まされてきたのが、日本国民のみなさんだったのではないでしょうか。
その一人として、「私の不易流行とは何か」、それを自問自答しながら、考究と洗練を重ね、新たな創造を生み出すことに挑むことが、芭蕉の示された道ではないか、このように考えるに至りました。
不易流行と光マイクロバブル
今から15年前の2009年1月に、私は、『未来材料』という科学雑誌の小論の冒頭に、次のような文章(青字)を認めました。
この地球上に無尽蔵に存在し,それを誰もが自由に使うことができて,しかも簡単な方法で「新たな物質」を創出し,さらにその物質には優れた「作用」や少なくない「機能性」が付与されているとすると,それは究極に近い「未来材料」となる可能性がある。
マイクロバブルは,「このような材料になりうるのか」。これが本稿において考究する主題である。
この主題を踏まえ、本小論においては、マイクロバブルの物理化学特性を踏まえ,健康,食糧,生物活性という3つの分野におけるマイクロバブル技術の特徴と役割について考察し、その結果として,マイクロバブルには,それらに共通する「未来材料」に発展する可能性があることが明らかにされました。
また、それからの未来に向けて,マイクロバブルを最適材とする技術開発は,上記の3つの分野だけでなく,食品,環境・エネルギー,各種機能性材料づくりなどにおいても本質的な発展を遂げる可能性があることが展望されました。
すでに述べてきたように、マイクロバブル技術(後に光マイクロバブル技術と呼んだ)の創成を公表したのは1995年のことであり、この小論の執筆は約15年を経過した時点のことでした。
まず、15年という年月の長さについて言及しておきましょう。
マッド・リドレーは、そのイノベーション論において、「アマラ・ハイプサイクルの法則」が成り立つことを示しています。
これは、スタンフォード大学の未来研究所の所長であったロス・アマラに因んで名づけられた法則であり、その法則を、次に示します。
「人は新しいテクノロジーの影響を短期的には過大評価し、長期的には過小評価する傾向にある」
この法則を踏まえてリドレーは、最初の10年、イノベーションに過剰に期待して、20年後には過小評価することから、イノベーションを正しく理解できるようになるのは15年後である、といっています。
それでは、このアマラ・ハイプサイクルの法則は、マイクロバブル技術に適合するのでしょうか?
上記のリドレーの見解によれば、この小論執筆時においては、光マイクロバブル技術を創生して15年もの時間が経過し、そのイノベーションへの発達がなされたかについては、その未来材料性の認識は深められたものの、そのイノベーション性については可能性を提示することに留まっていました。
光マイクロバブルは、新たに創り出された特別の機能性物質であり、そこに不朽の価値が内包されていることから、不易流行の未来材料であるといってもよい可能性を有しています。
以上を踏まえ、この小論執筆からさらに15年を経過した今日的視点を踏まえ、次回においては、その可能性とイノベーション性について、よりふかく、よりおもしろく分け入ることにしましょう(つづく)。
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