56日ぶり

 昨日は、7時55分に家を出発、杵築駅8時33分発の特急ソニック12号に乗りこみました。

 車窓からは、この梅雨の間に成長した山々の濃い緑が、そして平地では田植えを済ませた水田が続いていました。

 「この梅雨のおかげで、植物たちは一気に成長し、これから1年を超えて試練を生き抜いていくのか!」

 自然の緑の景色の素敵さを感じながら、それを見続けていました。

 K病院には、9時過ぎに到着、受付を済ませてからレントゲン撮影を行いました。

 しばらくして、内科検診の前に尿と血液の採取が行われるのですが、その日は、血液採取が先に行われましたので、「いつもと逆なので、なぜだろう」と思いました。

 その理由は、すぐに解りました。

 担当の若い看護士が、どうやら新米のようで、対応に慣れていなかったのではないかと思いました。

 私は、採決の際に血管が浮き出ておらず、採決者にとっては、なかなか難儀なようで、それが上手いか下手かがよくわかります。

 あちこちと、どこで採血しようかと迷っておられましたので、いつもこのあたりですよと、その場所を示しましたが、そことはややずれて注射針が射されました。

 「多分、これは失敗するだろう」

と思って見ていたら、案の定、血液は少しも出てこず、その位置をいくつも変えてみましたが、一向に採血は進みませんでした。

 ここで一旦注射針を抜き取りましたら、その看護士は観念したらしく、ベテランの看護士に代わって採血をお願いしました。

 これでほっとした私ですが、その採血の合間に、その新米が尿を採取せよといってきました。

 これはあまりにも乱暴だと思って、採血が済んでからにしてくださいとお願いをしました。

 採血に失敗しておきながら、次の採決を待つ間に、尿を取れというのは、あまりにも新米過ぎる判断だと思ったからでした。

 しばらく待って、ベテランの看護士がやってきて、こちらの方はすっと1回で採血が済みました。

 この若い方は、よい経験と勉強をしたようでした。

 なかには、自分の失敗に拘って何度も失敗を繰り返す方や、採血の前に、わざわざ、自分は採血が下手だといって採血する方もいますので、あっさりと採決を代わる判断をしたことは、よりましな判断だと思いました。

内科診断

 いつものG先生の診断を受けました。

 その際、先ほど採血した血液中のヘモグロビンA1Cの値も示されました。

 56ぶりの検診でしたので、やや気になっていましたが、その値は前回よりもわずかに上昇していただけでしたので、正常値の範囲内になるという診断がなされました。

 最近は、緑砦館における自家製野菜を摂取する量が少なくなっていますので、やや気にしてのことでしたが、やはりそうだったのかと、この値に納得しました。

 この半年間における血糖値提言制御によって、どのような食生活をすれば、そしてその間の体調感覚を考慮していると、その値がどう変動しているのかに関する微妙な判断ができるようになりましたので、それが非常に重要なことだと思うことができるようになりました。

 以前ですと、甘いものを見ると、少しぐらいはいであろうと思ってすぐに口にし、アルコールであれば、もう少し飲んでいであろうという甘さがありました。

 近頃は、その制御のために、「それを少しだけ食べて、飲んで、後で血糖値の高さに苦しむよりは、それを食べること、飲むことを回避した方が楽だ!」という判断ができるようになったのです。

 これを次に診断してくださったK先生は「意志が強い」といって誉めてくださいますが、そのかれと私の診断はそっちのけで、いつも学会活動や医学史についての議論になり、昨日は、とくにシーボルトの話になりました。

 なかでもシーボルトが、3歳の時に33歳の父親を亡くし、その後のヴュルツ大学に入るまでの幼年期から青年期の過ごし方についての話で盛り上がっていたら、K先生がいきなり、こういってきました。

 「私は医学史に関する勉強会を開催していますので、そこでシーボルトについて講演をしていただけませんか?」

 K先生には、シーボルトの研究を本格的に開始したといった手前、いやとはいえず、こう返事をしました。

 「シーボルトと高野長英についての話でどうでしょうか?」

 もちろん、先生は、それで了解されましたので、「これは、えらいことになった。講演会がある来年二月までにしっかり勉強しておかねばならない」と思いました。

 このとき、私が関心を持っていたことは、つぎの2つにありました。

 ①シーボルトが来日した時の年齢は27歳でした。この若さで、あのようにすばらしい仕事ができたのはなぜなのか?

 その仕事を為したかれの素養はいかなるものであったのか?

 ②高野長英をはじめとする若い日本の弟子たちとの交流は、どのように行われたのか?

 その素養が弟子たちの教育に、どのように作用効果をもたらしたのか?

 これらの命題を軸として、シーボルトと高野長英の研究を、コツコツと進めていく予定です。

お任せ定食

 2つの診断を終えて、いつもの割烹「丸清」で昼食をいただきました。

 私どもが注文した「お任せ定食(900円)」のメニューは次の通りでした。

   1)刺身
 2)天ぷら蕎麦
 3)酢の物
 4)味噌汁
 5)漬物
 6)ご飯
 
 これに、血糖値が正常値の範囲内だったので生ビールを注文し、家内と二人でいただきました。

 このなかで、メインは2)の天ぷら蕎麦であり、湯がかれた蕎麦の上に、エビ、なす、サツマイモなどの天ぷらが載せられていました。

 蕎麦も美味しく、量も多かったので、ご飯の大半を残してしまいました。

 しかし、隣の家内は、蕎麦もご飯も平らげてしまっていましたので、少々驚きました。

 後で聞くと、かなり空腹だったようでした。 

 その後、13時55分中津駅発の大分空港行きバスに乗り込みました。

 中津、宇佐、豊後高田を通過し、国東半島横断していくこのバス路線は、私のお気に入りです。

 とくに、豊後高田を過ぎて、国東半島を西から東へと森のなかを通過していく景色は素晴らしく、いつも、それに見惚れてしまいます。

 今は、濃い緑の季節ですので、国東の台地の稲の田圃から上って森のなかをバスが通過していく様には、何ともいえないここちよさを覚えます。

 森の木々の背丈はバスの高さの倍以上もありますので、緑のトンネルのかなを潜っていくように感じてしまいます。

 約2時間の工程ですが、少しも飽きずに、そして少しも読み物をせずに、この景色を楽しむ、これが私のコースなのです。

 大分空港に着いてからは、近くの里の駅「武蔵」へ、ここで野菜を購入して帰りました。

 家内と一緒の56日ぶりの小旅行、今回もゆかいでした(つづく)。

mannge0705
万華鏡(紫陽花)