昨日のガイダンスの続きです。

   「モノリス(2023年光マイクロバブルの旅)(5500回記念)」
 
 名画「2001年宇宙の旅」にヒントを得て、そこに登場した「モノリス」に因んだ想像を膨らませて、あの宇宙船ディスカバリー号の映像を思い出しながら、その物語を述べてきました。

 そもそもは、類人猿ホモ・ハビダスが、何気なくモノリスという石碑に触れたことから始まりました。

 そこでモノリスから刺激されたホモ・ハビダスが、動物の骨を道具として開発し、それを利用して食事や狩りに適用したことから、その進化が始まりました。

 この火の発明は、かれらおよびかのじょらの狩猟革命および料理革命を実現させ、それを基礎として脳内革命、身体革命というイノベーションが持続的に生起したのでした。

 その後、類人猿は、さらに脳を発達させながら連続的進化を遂げ、「さまざまな火(プロメテウスの火)」を開発してきました。

 木や石炭を燃やし、石油を燃やし、電気で火を作り、遂には原子力の火を燃やすまでになりました。

 また、デスカバリー号が宇宙の旅に旅立つ7年前の1995年に、筆者によって光マイクロバブルを大量に発生させる装置が誕生されました。

 これは、ある意味で、水の中で小さな泡が高温高圧化されて瞬間的に燃える現象であり、解りやすくいえば、水のなかで無数に近い泡の火が燃えていると考えてもよいことなのです。

 すなわち、光マイクロバブルは、プロメテウスの火といってもよいのです。

 水のなかで、この火が燃えるとどうなっていくのでしょうか?

 ディスカバリー号の船員たちは、地球に帰ってきた時に、この火に、はたして遭遇できたのでしょうか?

 そんなことを想像しながら、もう少し、この旅を続けていくことにしましょう。


「未来を切り拓く若者たち(5250回記念)」

 久しぶりに、本稿を再開しました。

 というのも、大谷翔平選手と藤井聡太七冠の大活躍が、より一層、国民の関心を集めているからです。

 しかも、かれらと比較すると、日本の政治家たちや大阪万博の関係者たちの行っていることがはるかに安っぽく、愚かささえ感じてしまう、というみごとな対比が形成されています。

 やはり、未来は青年のものであり、その現実が、より鮮明に未来へと続いていることが、かれらの活躍によって鮮やかに形成され始めています。

 さて、野球は、瞬間的にやってきたボールを打ち返す動作であり、その瞬時の判断と身体の動きが試されることになります。

 これに対して将棋は、7、8時間もじっと座って考え、作戦を練り、勇気をもって指していくという静の競技です。

 この動静は、互いに明らかに異なっていますが、じつはそれらを突き詰めていくと、その動静が一致していくという究極の悟りの問題に到達していきます。

 その悟りの境地を得て、その教えを開いたのが宮本武蔵であり、かれが説いた有名な言葉に、「動静一如」があります。

 武蔵によれば、動も静も一つであり、それを一つの如く認識できるようになることに、その武道の極意がある、と悟ったのです。

 体力と共に精神力も鍛え、洗練させ、相手を上回る作戦を考え、実践していく、そこには、ほぼ無数に近い確率における軌道や強弱、突破力、戦略、戦術があり、それらを駆使して相手に立ち向かい、しかもそこに間違いや弱さがあれば、その都度柔軟に修正して再挑戦できるようにする、その難しさも存在しています。

 そのような強さ、洞察力、判断力、粘り、創造力は、どのようにして養われ、鍛えられていくのでしょうか?

 そして、それらの鍛錬と洗練を通じて、どのような自己確立がなされ、人格的に発達していくのか?

 これらについても、この二人の若者の実践には非常に興味深いものがあります。

 単に野球が上手い、素晴らしい、あるいは将棋に強い、読みが深いなどということだけではなく、かれらが、なぜ野球や将棋が好きなのか、人生の大半をそれらに打ち込むことができるのか、そして最高水準のものを得ようと努力し、もぎ取っていくのか?

 これらも、じつにおもしろい探究テーマということができるでしょう。

 そして、かれらの活躍は、多くの子どもたちや大人たちまでをも鼓舞し、激励をしていることにも素晴らしさを覚えています。

 未来の若きリーダーとは何か、このことに関しても重要なヒントを提供しています。

 以上のようなことを日々考えながら、かれらの活躍を観察し、私自身も励まされながら、その成長ぶりをゆかいに追究していくことにしましょう。

 今月のガイダンスは、2回にわたって示すことになりました。

 来月においては、ここで紹介してきた事柄や人物がどう発展していくのでしょうか、そのことを想像することを楽しみしております(つづく)。

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アジサイ(前庭)