「2001年宇宙の旅」から22年(11)

モノリスの科学(7)

 マット・リドレーは、『人類とイノベーション』のなかで、ホモ・エレクトスによる火の発明は、「実質的に、何万年もあとの化石燃料の利用に匹敵する影響を持つエネルギーの変革だった」と指摘しています。

 振り返れば、類人猿だったホモ・ハビダスの若者が、恐る恐るモノリスの石碑に触れたことが最初のきっかけでした。

 モノリスは、意外にもここちよく、それを求めて何度も触るようになったことで、ホモ・ハビダスの右脳が刺激され、そこから、動物の死骸から取った骨が、そして砕かれた石片が、狩りや料理の道具の発明、そしてエネルギー・イノベーションに結びついていきました。

 ホモ・ハビダスは同じ哺乳類のなかでも弱く、襲われることが多く、それに刃向かうには武器が必要でした。

 また、食物を得ることにも大変で、動物の死肉をあさるか、果物や野菜を採ることしかできず、その狩りや食事において寝る以外の時間の大半を過ごしていました。

 夜は樹上で生活し、全身は寒さに対応して毛で覆われ、脳は小さく、顎は強く大きく張り出していました。

 これに対して、次のホモ・エレクトスの身体は大きく変わっていました。

 脳は大きく、全身の被毛はなくなり、顎は小さくなり、食事時間は短く、狩りにおいても獲物を上手く獲るようになり、夜は樹上ではなく地上で過ごすようになりました。

 この身体的特徴や生活様式において決定的に影響を与えたのが、火のイノベーションでした。

 そして、リドレーは、そのイノベーションに大きな影響を与えたのは、死肉の摂取による脳の発達ではなく、生きた肉を火で「加熱処理」したことであったことを強調しています。

 ホモ・ハビダスは、現存する動物においてはチンパンジーと類似しています。

 このチンパンジーは、火を使うことができません。

 食物は主に果物や野菜類であり、脳は小さいままです。

 ホモ・ハビダスの若者が、偶然にしても火を狩りや食事、そして防御のために道具としての火の発明を創造していなければ、次の世代のホモ・エレクトスやホモ・サピエンスは誕生していなかったのです。

 こう考えていくと、道具を発明することを可能とする創造の行為が、いかに人類にとって大切であったかが、よく理解できます。

 後の人類は、その秘密を知りたくて、そしてモノリスの謎を解きたくて、わざわざ2001年の宇宙の旅に出かけたのです。

 ここに巨匠キューベリック監督の深い思いが込められていたのでしょう。

 さて、この道具の創造に基づくイノベーションは、この「2001年宇宙の旅」から23年を経過した現在においても重要な課題として存在し続けています。

 その現代人は都市に集まり、そこで考えられたアイデアが、次のアイデアを生み出し、さまざまなイノベーションを誕生させてきました。

 そのなかには、争いや欲得のために考えられた核兵器や原発もありました。

メタン問題

 また、厄介者として捨てられたゴミが収集された夢洲では、毎日、約1293㎏という途方もない量のメタンが空気中に放出されています。

 周知のように、メタンは地球温暖化の原因として指摘されている二酸化炭素よりも約80倍もの温暖・高温化をもたらす物質です。

 環境を考慮した大阪万博で、このように地球の温暖化を大規模に進行させる行為が平然となされていることは、真に恥ずかしい行為ということができます。

 このように空中に放出するのではなく、きちんとメタン処理をして取り扱うべきなのです。

 たとえば、このメタンガスは、光マイクロバブル処理によって液化し、再利用することを検討したらどうでしょうか。

 ただ単に発生したメタンを空気中に放出するのであれば、かつて技術立国日本といわれたことに背いてしまうのではないでしょうか?

 これは、目玉の一つとしていわれてきた「人間洗濯機」の技術よりは、はるかに高品位の世界に注目される技術ではないかと思われます。

 そうしなければ、万博を訪れた世界中の人々から、このメタン放出を笑われることになるでしょう。

   また、メタンは5%以上の高濃度(水素は4%以上で水素爆発を起こす)になると、先日も万博の工事で発生したように突如爆発してしまいます。

 タバコの火や何かの摩擦によって火花が発生して、その引火によって爆発が起こるという最悪の事態が発生するという心配もなされています。

 さらに、大屋根リングの下の海側の一部は、水域にされるそうですが、ここの水質汚染が心配されています。

 その底質には、当然のことながら各種の汚染物質が浸透して出てくる可能性がありますので、これが海風に乗って海塩粒子として飛散してくるはずです。

 この海塩粒子とは、風に乗って運ばれる小さな海水の粒子のことであり、これが海風の臭いの正体です。

 これに汚染物質や細菌類が付着していることから、それをいやがおうにも呼吸してしまうことになります。

 せっかくの万博見物が、このように否定的で心配な事柄で覆われてしまっては、何の意味もありません。

70年万博の思い出

 かつて、1970年の大阪万博の時は、丁度東京駅からの夜行列車に乗って早朝に大阪駅に着いたことから、その見学を行いました。

 太陽の塔の大きな姿を見て感動し、アメリカ間では月の石を見るために長時間並びましたが、それはただの石でした。

 そして、夕方まで各パビリオンを見て、再び夜行列車に乗って帰ったことを思い出します。

 さて、ホモ・ハビダスの右脳が刺激されることによって、そこに創造性が養成されるようになり、それが道具として火の発明と、それを踏まえた各種のイノベーションについて、いくつかの推測を踏まえながら、その旅について考察してきました。

 いよいよ、この旅も終着駅に近づいてきましたので、その最後に「光マイクロバブルの旅」に分け入ることにしましょう。

 すでに、この旅については、別稿の「光マイクロバブル・イノベーション(5500回記念)」において述べてきていますので、それとは重複しないように注意して、次回から、改めて、その旅路における新たな話題のいくつかを披露していくことにしましょう(つづく)。

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ベゴニア(中庭)