「イノベーションの本質(1-5)」

 OHR曝気装置を用いてエアレーションの様子をしっかり可視化観察を行ったことを踏まえ、その解説書の検討に入りました。

 その冒頭には、本装置が、すでに世界12カ国において特許を取得済みであることが示されていましたので、それを読み進めながら、この特許をどう乗り越えていくのかを考えていくことになりました。

 最初の焦点は、この装置における特許性は、どこにあるのかを理解することでした。

 この装置の構造の特徴は、円筒状の下部から突出された気体を、1)浮上させながら旋回用羽板に沿って気液二相流をやや旋回させ、その気体が旋回して上昇速度を速めながら、2)その気液二相流を、装置上部の内面に配置されたリベット状の突起物に衝突させる方式にありました。

 この時、この3つの特徴に関して次の疑問を持ちました。

 それらをわかりやすく説明するために、下記の模式図を示しておきます。

 ①この羽板の曲がりは90度と少なく、この程度の曲がりでは、十分な旋回流は形成されないのではないか?

 しかし、旋回成分が大ききなり過ぎると、気体の塊の多くは、遠向心分離によって気体成分が真ん中に集まり過ぎて突起物に気体塊が衝突しにくくなる恐れが出てくる。

 そのために、この程度の曲がりにしてしまったのか? 

 ②リベット状の突起物に気体塊を衝突させることによって微細気泡が発生するとされているが、それは本当か?

 実際は、気体と液体による気液二相流による混合・せん断作用によって発生する微細気泡の発生を妨げている可能性はないか?

 ③装置の形状が円筒形であることから、それは気体塊の上昇速度を一定程度に留めているのではないか?

 もっと、その上昇速度を大きくすることができるのではないか?

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OHR曝気装置の構造模式図 
 
 この検討によって、ようやく次の方針が明らかになりました。

 皆目、どのようにすればよいのかが不明な段階、すなわち闇夜に彷徨う世界から抜け出す一つの細道を見つけることができたような気がしていました。

N工場長

 ①の疑問については、いつも製作をお願いしている地元企業のN工場長に相談に行きました。

 かれとは、学生時代からの知り合いであり、T高専に赴任してからも、数々の実験装置を製作してくださった方であり、その際に貴重なアイデアの提供をしてくださった恩人の一人でした。

 「Nさん、この旋回羽板をもっと回転させることはできませんか?そのような羽板を製作できますか?」

 こう尋ねると、かれは黙ってにやりと薄笑いをして、私の目の前に、ある装置を見せました。

 そこには、私が望んでいた羽板が、180度の回転度合いで製作されていたのでした。

 「これで、どうですか?」

 Nさんの目は、このように仰っているようでした。

 「これですよ。これでいいんですよ。

 しかし、これをもっと回転できませんか?」

 通常のプロ加工技師ですと、「何を面倒なことをいっているのか!」と嫌がるのですが、このN工場長は、そうではありませんでした。

 より複雑なもの、より込み入ったもの、そして奇想天外なものほど嬉しがって興味を示すという、いわば「変わり者」だったからでした。

 かれとは、よく議論しながら装置の製作を行いました。

 最初に、私が、その基本設計の概念を説明すると、必ず、ここはこうした方がよい、これは難しいという意見が出され、そこでよりよい修正がなされます。

 それを考慮して図面を描いて持っていくと、さらに討議がより深くなされ、かれのアイデアがより加わった状態で最終決定がなされます。

 かれは、同じ仕事をするのであれば、よりすばらしいもの、より優れた新しいものを作ることにとことんこだわる生粋の職人気質の人でした。

 かれは、私の師匠の先生のところに来て、ダム模型の製作について、先生とよく議論をなさっていましたので、それを受け継ぐことになった私にとっては、隠れた強き味方でもありました。

 この議論によって、その羽板の旋回度は360度にすることが決まりました。

 この改良は、1段では無理でしたので、2段構造の羽板になり、これによって、真に小さな改良でしたが、第1のブレイクスルーが可能になりました。

 そして、この改良を手掛かりとして、空気と水、すなわち気液二相の流体を旋回して混合させることによって微細気泡の発生が可能になるのではないかという、科学的概念が、おぼろげながら形成され始めたことに重要な意味がありました。

 真にゆるやかですが、これによって9つ目の階段を上がることができました。

 次回は、上記の②の問題の検討について分け入ることにしましょう(つづく)。

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ハコネウツギ(前庭)