「イノベーションの本質(1-2)」

 前記事において紹介した「可視化」による「観力」を洗練させる修行を行ったことには小さくない意味がありました。

 その対象は、壁の上を流れる乱れた流れであり、それを目で観えるようにし、写真に撮り、ビデオカメラで記録するという手段によって、その複雑に変化する4次元の構造を究明することでした。

 空気の流れにおいては煙を用いる方法が一般的でした。

 また、水の流れにおいては染料やアルミの粉が用いられました。

 これらは、研究手段としては単純で金のかからない方法でしたので、最初の頃は、この方法は信用できない、いい加減な方法として馬鹿にされていました。

 この乱流を可視化する方法の端緒が、スタンフォード大学のクライン教授によって切り拓かれました。

 これに対して、大多数を占めていたホットワイヤーという計測器を用いて乱流の速度波形を計測する研究者との間で乱流の構造に関する論争が起こり、それが世界中に波及していきました。

 この論争は、未だ誰も観たことがない乱流の秩序構造を直接可視化して観察するのか(可視化派)、それともその乱流の信号波形を計測して、その結果から乱流の構造を究明するのか(計測派)をめぐっての大論争となりました。

 そして、それぞれの立場からの研究が発展していくなかで、最初に優位性を発揮していた計測派は徐々に後退し、前者の可視化法の発展がそれを凌駕するようになりました。

 そのことがより明確になったのは、第三の手法として数値シミュレーションがなされるようになり、可視化法によって明らかにされた乱流の秩序構造の再現がなされたからでした。

 T高専に赴任してからの約10年間は、この可視化法の発展時期と重なっていました。

 未だ、その研究手法が、日本では十分に認知されていなかったこともあり、私の師匠から、次のように指摘されたことがありました。

 「あなたの研究手法は、博打のようなもので、当たれば大きいが、それは絶対に当たりはしない」

 こういわれて、小さくないショックを受けましたが、それでも、それを曲げずに全うしていったことがよかったようで、この手法を発展させて、1998年には博士論文を提出することができました。

 また、共同研究者のS助教授、W助手の方々も、この手法で同様に博士論文を仕上げることを支援することができました。

 この研究手法は、K大学のU先生から指導を受けたのですが、日夜にわたって、その乱流を観続けることになり、その4次元空間における乱流の動的挙動を見究めるという修行をすることによって、いつしか、この観る力が身に付いていったように思われます。

15年の連続プロセス(2)

 この観る力、すなわち観力(かんりょく)が、光マイクロバブル研究の開発にも重要な役割を果たすことができました。

 それは、可視化された微細気泡のサイズや量を目分量で大方評価し、その流動機構を考究することに役立てることでした。

 しかし、それによって明らかになったことは、OHR曝気装置から発生した微細気泡は、どう何回も繰り返し観察しても、直径100㎛(0.1㎜)以上のサイズの気泡ばかりであり、しかも、その量が非常に少なく、マクロな気泡が大多数だったことでした。

7つ目の階段を上る

 この状況を打開(ブレイクスルー)するには、その装置の改良を行うしかないと思い、その解説書をいただいて読んでみることにしました。

 その冒頭には、この装置が、すでに世界12カ国において特許取得済みであることが記されていました。

 「地元の中小企業の社長をはじめとして、今回の排水処理装置の開発委員会に参加していた専門家は、この装置が最も優れた装置であるといっていた。

 すでに、いろいろなところで使用されているらしい。

 おまけに、世界12カ国の特許を取得していることから、この改良を試みることは、そう簡単なことではなさそうだ!

 どうしようか?」

 いささか、こう身構えて、その解説書を読み進めていきました。

 その冒頭には、このOHR曝気装置が、すでに世界12ヵ国において特許を取得していたことが紹介されていました。

 「はたして、特許になっている製品を凌ぐアイデアを得ることができるのか?」

 こうして、当時としては、世界最高水準のエアレーション装置に関する技術的検討を行い、その突破(ブレイクスルー)を行なうことが、真に問われることになりました。

 正直にいえば、当時の私にとっては、この課題は、かなり重すぎるものでしたが、こうなったら「当たって砕けろ!」と、割り切るしかありませんでした。

 幸か不幸か、今振り返ってみれば、最新で世界12カ国における特許取得という非常に「立派な実績」を有した技術を凌駕する技術を乗り越える(ブレイクスルー)開発に挑むことに挑戦することを余儀なくされたのです。

 しかし、このブレイクスルー(突破)のきっかけは、そのOHR曝気装置の解説書を読み進めていくことによって、すぐに見出すことができました。

 これは、光マイクロバブル・セレンディピティーの女神の衣服が、風に吹かれて、ちらりと浮いた瞬間でもありました。

 次回は、そのブレイクスルーによって、何が観えたのかについて、よりふかく分け入ることにしましょう(つづく)。

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ブーゲンビリア(沖縄の祖母のベランダにて撮影)