「イノベーションの本質(1)」

 マット・リドレー著『人類とイノベーション』の第8章「イノベーションの本質」について考察を進めることにしましょう。

 このなかで、イノベーションの本質における第一の特徴が次のように記されています。

 「イノベーションはゆるやかな連続プロセスだ」

 リドレーは、以下の多くの分野におけるイノベーションを検討して、この特徴を真っ先に示しています。

 1)エネルギーのイノベーション
 2)食料のイノベーション
 3)ローテクのイノベーション
 4)通信とコンピュータのイノベーション
 5)先史時代のイノベーション

 これらの分野において発生してきた相当な数のイノベーションを検討し、そこに導き出したのが、この重要な命題であり、説得力に富む特徴といえます。

 かれは、この典型的事例としてライト兄弟による飛行機の開発を示しています。

 かれらは、1903年12月17日にノースカロライナ州キティホーク近郊にあるキルデヒルズにおいて、自作のライトフライヤー号によって有人飛行に成功しましたが、その飛行時間と飛行距離は、わずかに12秒と36.5mでした。

 この成功に至るまでに、何度も失敗を重ねながら数年の時間を有し、この成功に至っても、さらに数年の歳月を有して改良を重ねていったのです。

 気体の重量をより軽くし、空気抵抗を減らし、揚力向上に努め、操縦機能を高めるなどの改良に次ぐ改良を重ねていったことから、この開発は、突然のひらめきによって成し遂げられたものではなく、コツコツとゆるやかな改良を重ねていく試みだったのです。

 また、エジソンの電球の開発も同じで、かれは、そのフィラメントの材料を約6000種類も変えて試験しており、その最後においては、日本製の扇に用いられていた竹で試して、満足できる光量と点灯時間を確保することができました。

 このように、飛行機や電球のイノベーションは、ゆるやかな改良の連続プロセスによって生み出されたものであり、そこには、それを遂行し続ける勤勉さと粘りが存在していました。

 リドレーは、この連続プロセスのことを、飛行機が離陸しようとする様に例えています。

 助走によって、揚力が発生し始めますと、それが機体を徐々に持ち上げようとします。

 その度に、飛行機の車輪に掛かる重量は減っていきます。

 このような重量軽減の過程こそが、イノベーションを実現させる連続過程であるというのであり、言い得て妙の例えということができるでしょう。 

15年の連続プロセス

 すでに述べてきたように、前述のW型エアレーション装置の開発を踏まえて、その改良を行なうことによってM型エアレーション装置(現在の光マイクロバブル発生装置)の開発を成就するのに約15年の歳月を要することになりました。

 この15年という長さに限っていえば、ライト兄弟やエジソンの開発と比較しても、引けを取ることはありません。

 今振り返れば、それは、真にゆるやかな連続プロセスであり、かれらと同様に、それを持続させるには、人並み以上の勤勉さと粘りを必要とするものでした。

   この光マイクロバブル発生装置の開発に至る経緯については、すでに、その端緒になった微細気泡発生装置について地元の中小企業のY社長からの依頼を受けてのものでした。

 その時は、ほとんど何も考えずに、そして、無謀にも、たしかな見通しはなく、軽はずみに、いとも簡単に引き受けてしまったのでした。

 その後、それを引き受けたからには、今さら、それを断るにはみっともないと思い、次の2つのことを試してみようと思いました。

 その第1は、90㎝四方、高さ300㎝の透明アクリル水槽において、その社長らが胸を張って一番優れているエアレーション装置(「OHR曝気装置」と呼ばれていた)が設置されていましたので、その流動機構が不正常であったことを究明した後に、その装置が発生する気泡の観察を丁寧に行ったことでした。

 これを目に見えるようにして、その流体力学的特徴を明らかにすることを「流れの可視化法」といいます。

 この場合、その流れを目で観察できるようにして、その様子を観続けること、そして、その構造と仕組みを徹底的に理解すること、さらには、それを遂行した後に、写真やビデオカメラで画像を撮影できるようにすることが非常に重要です。

 これを「眼力を洗練させることだ」といってもよく、幸いにも、この力を人並み以上に、いわば専門家の科学的認知の目として養っていたのであり、この活用を考えました。

 とくに、どの程度の微細気泡が発生しているのか、そして、その量はどのくらいか、さらには、それらが、その流動において、どのような役割を果たしているのか、これらを見究めようとしたのでした。 

 そのために、実験室に行っては、このOHR曝気装置から発生された微細気泡やマクロな気泡の様子をじっと観察する、この可視化観測を、来る日も来る日も続けることになりました。

 人間の目は、あやふやなものなので、ある場所やある物体を注目していると、それ以外のものは観えなくなってしまいます。

 これを場所を変え、観るべき現象を変えて、根気よく、その仕組みや特徴を理解できるようになるまで観続けることが重要でした。

 この様をみなさんが眺めたならば、きっとおかしげなことをしていると思われることでしょう。

 見るではなく、「観る」ことは考えることであり、理解する、本質を見究めることなのです。

 こうして、連日、その可視化実験を行った結果、次のことが明らかになりました。

 ①マクロな気泡のサイズがやや大きく、その気泡径が1㎝以上である。

 ②微細気泡のサイズが大きく、かつ少ない。後にそのサイズが100㎛(マイクロメートル)以上である。

 「そうか、これらが問題だったのか、なぜ、気泡のサイズをもっと小さくできないのであろうか?もっと微細な気泡を大量に造ることはできないのか?」

 この可視化実験の結果を踏まえて、次の階段をステップアップすることになりました。

 この時は、勇気を出して、とにかく一歩前に進む、このような思いが過っていました(つづく)。

yasasiiiro
ハコネウツギ(前庭)