「光マイクロバブルのセレンディピティー」(2)

 光マイクロバブルのセレンディピティーの女神への最初の接近ステップは、次の5つでした。

 1)排水処理の技術開発委員会に参加したこと、そこで問題点を見抜いて指摘したこと
 2)さらに、その指摘を証明するために可視化装置を作ってもらったこと
 3)既存のエアレーション装置における運用指針を採用していたことを批判したこと
 4)その批判を聞いた社長が、その改良装置の開発を依頼してきたこと
 5)それを即断で引き受けたこと

 これは、次の2つの装置開発に結びついていきました。

 ①W型装置

 ②M型装置

 ①は、既存のOHRエアレーション装置の改良装置でした。

 下部に2枚の羽板があり、そこを通って、送風機から突出された空気がやや旋回しながら、上昇していく過程において空気と水が旋回混合しながら、マクロな気泡と微細気泡を発生させることを特徴としていました。

 具体的には、数㎜~100㎛(マイクロメートル、0.1㎜)のマクロな気泡と微細気泡を発生させることができました。

 しかし、100㎛以下の気泡を、どうしても発生させることができないままでした。

 ②は、数十㎛以下のマイクロサイズの気泡を発生させる装置であり、現在の光マイクロバブル発生装置の初期段階の装置です。

M1
M1型装置において発生した海水マイクロバブル

 この①から②に至るまでは悪戦苦闘の連続であり、結局、15年という長い年月を要してしまいました。

 これらの気泡径の100㎛と数十㎛とでは、極わずかな違いでしかありませんが、この100㎛から数十㎛以下のマイクロバブル発生への突破には、小さくない技術的工夫の積み重ねと究明が必要とされたのでした。

 この突破において、最大の問題は、気泡径が数十㎛前後のマイクロバブルを発生させることを可能とする方法が不明のままであったことでした。 

 「さて、どうしようか?安請け合いをしてしまったけれど、このまま引き下げるわけにはいかない!」

 そこで、最初に行ったことは、かれらが最高のエアレーションン装置だといっていたOHR式曝気装置を詳しく検討したことでした。

 これには、実験的検討と理論的検討の2通りがありました。

 前者においては、大変立派な透明可視化水槽(1m四方、高さ3m)において、そのOHR曝気装置において発生させられた気泡の観察から始めました。

 この可視化観測を繰り返しているうちに、そこに発生している気泡のサイズを、ある程度見究めることができるようになりました。

 また、後者においては、その解説書を取り寄せて熟読することにしました。

 そこには、その装置が世界12か国の特許を取得していることが示され、同時に、微細気泡の発生機構についての解説もなされていました。

 そこで、これらの実験的および理論的検討を繰り返していきました。

 これが光マイクロバブル・セレンディピティーの女神に接近していくための6つ目のステップでした。

パン細切り機のイノベーション

 さて、マット・リドレーは、名著『人類とイノベーション』のなかで、典型的なイノベーションの事例として、パン細切り機の開発を示しています。

 ヨーロッパにおける食文化は、ロシアおよびウクライナ地方における肥沃な土地での小麦の生産によってパンが製造されてきたことによって支えられてきました。

 たとえば、ドイツにおける有名なパン屋である「ルーフ」は1900年代の初めに創業され、さまざまなパンの製造がなされてきました。

 そのパンを細切りにしてサンドイッチにして食べる、これがドイツ人の夜食の基本です。

 それにチーズや生ハム、そして野菜を挟んで食べる、飲み物は牛乳であり、温かい食物は昼の時のみしかいただきません。

 そのために、誰しも、パンを好みの厚さに切って食べたい、こう思ってきました。

 しかし、このパン細切り機は長い間、開発されないままでした。

 なぜでしょうか?

 当時の技術として、パンを細く切断する機械を開発することは容易かったのですが、それを開発できても、それが広く普及することはありませんでした。

 なぜなら、細切りされたパンは、すぐに乾燥してしまうことから、それをより長期間保存できなかったのです。

 すなわち、パンを細切りできても、それを保存できなかったことから、その都度、食するときに手でパンを切って食べることの方が美味しく食べることができると考えられていたのです。

 そこで、アメリカの田舎のパン屋は、この細切り機とともに、乾燥防止器を開発して売り出したところ、それらが爆発的な人気商品になっていったそうです。

 この場合、パンの細切り機のイノベーションは、その乾燥防止機とセットにされたことによって初めて成立したのです。

 つまり、パンを細切りする機械とともに、その切ったパンを保存するという機能が加わったことによって、本格的なイノベーション商品となることができたのです。

 ここで、再び、光マイクロバブルの事例に戻りましょう。

 上記の「駆け出し」の段階においては、単に気泡のサイズを小さくできないか、それを極微細にすることさえできれば、溶存酸素効率が飛躍的に高まるはずだ、こう単純に考えていただけのことでした。

 発生する気泡のサイズを小さくしても、それを何に使ったらよいかに関して、唯一といってもよい機能性のことしか想定していなかったのです。

 これは、パンの細切り機は開発できても、それを保存する装置がなかったことと同じ問題だったということだったのです。

 実験室に行って、OHRエアレータによる微細気泡の発生の様子をじっと観察しながら、その解説書を読む、この作業がしばらく続くことになりました。

 次回は、その7つ目の階段に、どう踏み込んでいったのかについて分け入ることにしましょう(つづく)。

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中庭の花