二人の「ダ・ヴィンチ」研究(16)

 ヴェロッキオが、レオナルド・ダ・ヴィンチに修行として描かせた「織物」の光と影の絵画は、崋山に小さくないショックを与えました。

 何もいわずに、それをじっと見つめていた崋山に長英が語りかけました。

 「崋山さん、相当に驚かれたようですが、このスケッチについて画家としてのご意見を聞かせてください
 
 「まず、これがわずか14、15歳の少年が描いたことに驚きました。

 その頃の私と比較すると、真に雲泥の差が生まれています。

 長英さん、これは普通の画家の絵ではありませんよ!」

 「どこが、そうですか?絵画に疎い私にはよく解りませんが・・・」

 「この絵には、一本の線も描かれていません。

 線なしで、このように織物を表現した絵を、もちろんこれまでに見たことがありませんでした」

 「なるほど、そうですか。この絵のどこが優れているのですか?」

光と影

 「私たちは、線なしに絵を描くことができません。

 線描は必須の表現方法だと思ってきましたが、そうではなかったことが、このスケッチを観て明確になりました。

 私は、可能なかぎり線を細くして描くことで、対象物を生き生きとした状態で描くことをめざしてきましたが、その線を無くすことはできないのではないかと思ってきました。

 ところが、このスケッチでは、その線が無くても、織物の様子がみごとに描かれています。

 このような画法を若い時から身に付けさせられていた画家レオナルドの大成が可能になったのですね。

 長英さん、これは驚きであり、そして凄いことですよ!

 なぜ、このような画法が生まれたのでしょうか?」

 「これは、ヴェロッキオによって教えられたものであり、そのヴェロッキオは、その先輩であるブルネルスキなどから学んでいます。

 これは、ルネサンス初期からの爆発的活動によって積み重ねられてきた技法ではないでしょうか。

 ここには芸術の厚みを感じますね」

 「それから、拙者がさらに驚いたことは、この織物に当たった光と、それが当たらなかった部分の陰陽のみごとさでした。

 日本画には、この光と影によるダイナミックな表現がありません。

 これには、完全に脱帽しました」

 「そうですか、10代半ばの少年が描いた練習用の絵画に、日本の最先端を歩んでいる画家が脱帽したのですか、これは絵になりますね。

 これは、穏やかな話ではありませんね。

 崋山さん、ルネサンスという偉大な歴史の足音が聞こえてきますね!」

 「そうですよ。

 長い間、わが国は国を閉ざしてきましたので、その間に西洋では歴史の歯車が勢いよく回っていたのだと思います。

 長英さん、この偉大な歴史の流れには抗することができませんね!」

 「わずか、14、15歳の少年の絵画によって、崋山さんが打ちのめされ、画家としての在り方を根本的に改めなければならない、そう感じた衝撃は小さくないですね。

 これは後世の語り草にもなる話ですね。

 歴史は、多くの人々によって受け継がれ、発展していくものであり、それに比べると一人の力はちっぽけなものですね」

イタリアに出かけよう!

 「狭い日本で、そしてさらに小さい田原藩で、あれやこれやと考えてきた自分にみすぼらしさを覚えました。

 長英さん、こうなったら、二人で、このルネサンスの国へ行ってみたいですね

 「崋山さん、これは大変なことを仰いましたね。

 もちろん、大賛成です。

 狭い、この国にいても始まらない、このところ、そう思っていました。

 ペリーの黒船がやってきた時に、長州藩の吉田松陰という若者が、小舟を漕いで行って『自分をアメリカに連れて行ってください』と頼んだそうじゃないですか。

 かれを見習って、私たちもイタリアに行けるように伊達宗城公に頼んでみましょうか」

 「長英さんに、そういっていただけますと、私もうれしくおもいます。

 夢は膨らみますね。

 二人のレオナルド・ダ・ヴィンチ紀行、ロマンを感じます」

 二人の会話は、夜更けまで延々と続いていました。

 その途中からは、宇和島の二宮敬作から届いた地酒の「虎の尾」で盃を酌み交わすようになり、とくに、高野長英は、その酒を勢いよく飲み干し続けていました。

 その後、二人が、イタリアを訪ねていったという話は歴史上の文献には、どこにも残されていません。

 しかし、長州藩の伊藤博文らの西洋使節団のなかに、無名の老人二人がいたということが、伊藤博文の回想録のなかに記されていました。

 そのことが、後世において発掘されたのでしょうか、芸術評論家として著名なKK氏は、渡辺崋山は、日本のレオナルド・ダ・ヴィンチとなる可能性があったと述べられています。

 渡辺崋山と高野長英、共に偉大な日本の誇るべき先達でした。

 私たちも、かれらの生きざまと意思を受け継いでいく必要がありますね。

 長い連載でしたが、これで、この稿を閉じます(この稿おわり)。

参考文献:『レオナルド・ダ・ヴィンチ』上、ウォルター・アイザックソン、文芸春秋

kazann
四州真景図巻(渡辺崋山、「原色日本の美術」より引用)