不易流行と光マイクロバブル(3)
私にとっての「銀漢の賦」
葉室麟の名著で出世作となった『銀漢の賦』において主人公の源五が、賦(授かりもの)を得たのは、旧友の十蔵の娘であった蕗から慕われ、その好意を受け入れて伴侶を迎えたことでした。
銀漢とは、天の川のことですが、幼いころに親しかった将鑑と十蔵と共に潔く生きることを誓ったことに由来した授かりものが、じつは、蕗だったことを源五は最後に気付いたのでした。
この時、かれは、すでに妻を亡くして久しく、隠居の身でしたので、「たそがれの人生」を過ごしていました。
この小説における最後の源五の言葉は、天国の将鑑と十蔵に向かって次のようなものでした。
「将鑑、十蔵、今すぐ、そこに行くのは止めた、そこに行くのは10年後だ!」
蕗という新妻を迎えるようになった源五の嬉しさ溢れる呼びかけでした。
「人生50年」といわれていた時代ですので、その歳を迎えても、そこから10年生きるのだ、という決心をしたかれの思いは、さぞかし重く、しかし心から弾んだものだったのではないでしょうか。
これとよく似た授かりものが、私にもあったのではないか?
この小説を病床のなかで読み終えた時に、思い浮かべたことがありました。
光マイクロバブルの賦
それが、「光マイクロバブル」でした。
これとの出会いは、1995年のことでした。
以来、30年近くが経過し、それが「銀漢の賦」によく似た授かりものだったのかどうかを十分に振り返ることができました。
源五は、初老の自分を振り返って、後10年を新たに生きようという迸(ほとばし)るような思いを抱くことができました。
末永く健康に生きる、この課題は、私にとっても最重要課題のひとつであり、これに役立っているのは、光マイクロバブルです。
より具体的には、光マイクロバブル入浴、光マイクロバブル水の飲用、光マイクロバブル水耕栽培野菜の摂取であり、その根底には、光マイクロバブルに関する科学的探究、そして光マイクロバブル技術の開発が存在しています。
松尾芭蕉が切り拓いた「不易流行」の哲学とは、作家の森村誠一氏によって、次のように解説されています。
「時代の最先端にある流行と、変わらざる不朽の価値とは一見、一聞相反するようであるが、不朽の価値を追っての流行(漂泊)が風雅の究極(きわみ)として永遠の蕉句に結晶したのである」
これを、上記の光マイクロバブの特徴に照らし合わせて、今一度深く考察してみましょう。
その第1は、マイクロバブル(後に「光マイクロバブル」とより正確に呼称、定義した)技術は、この世に存在していなかったものでした。
光マイクロバブルとは、その発生時において1~65㎛の直径を有し、数十秒という短時間において自己収縮運動を呈する極微細な気泡のことです。
超高速旋回式発生装置によって、この光マイクロバブルを毎分1リットルほど発生させることができます。
本技術の創成は、筆者によって約15年の試行錯誤と改良を経て、1995年に世界で初めて開発・公表されたものでした。
以来、本技術は、世界において最先端にある「流行」となり、それが今も持続しながら新たな発展を遂げています。
不朽の価値
本技術には、次の「変わらざる不朽の価値」が内在しています。
①光マイクロバブルは、この世のなかに存在しなかった新たな物質であり(自然界の特殊な一部には形成されていた以外には、広く存在していなかった)、それを大量に発生させることができる技術が創成された。
また、この装置がある限り、どこでも、誰でも、そして未来においても、簡単に発生させることができ、その技術的に優れた活用が可能になる。
次回においては、この①の意味をより深掘りすることにしましょう(つづく)。
コメント