一杯のコーヒーから

 この数か月、午後の4時ごろに、一日一杯のコーヒを家内と楽しむ日々が続いています。

 若いころは、コーヒーを飲むことが研究活動における刺激のひとつになっていて、一日何杯もいただいていました。

 おまけに、K先生を始めとして親しい先生方が研究室に、そのコーヒーを目当てによく来られていましたので、さらにコーヒーをいただく回数が自然と増えていました。

森のコーヒー

 しかし、近頃は、コーヒーをがぶ飲みするほど胃も丈夫ではなくなりましたので、良質の美味しい「森のコーヒー」を一日1杯だけいただくことをゆかいな習慣として定着させています。

 家内も、このコーヒータイムを非常に気に入っているようで、毎日私が、丁寧に淹れたコーヒーに感激しながら喜んでいます。

 とくに、彼女は、このコーヒーの香りが、何ともいえないほどによいらしく、そのことを真っ先に褒めてくれます。

 また、その香りと共に、酸味とコクの味についても敏感のようで、毎回、その味の評価をしてくれます。

 そして、このコーヒーの特徴は、森の中で育ったコーヒーの木の豆らしく、真に素直なすっきりした自然の味がするところにあります。

 豆の曳き方、光マイクロバブル水の量、お湯の入れ方と泡の出し方、これらが、きめ細かく問われますので、毎日、その淹れたコーヒーの味が微妙に異なります。

 「今日は、上質の味になった、いや、光マイクロバブル水の量が多くて薄めになった、よい香りだね!」

など、その日によって、細かく評価がなされますので、こちらも、究極の淹れ方を求めて、日々向上をめざしています。

思い出のコーヒータイム

 そういえば、幼い「しらたまちゃん」が長く逗留していたころには、かれを含めた「コーヒータイム」をよく設けていました。

 幼くても、かれは、ミルクコーヒやミルク紅茶が好きで、それに、マルセイのバターサンドやミルフィーユを添えてやると大喜びしていました。

 思い起こせば、真に懐かしい一時でした。

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しらたまちゃんと妹たち

きらめく芝居
 
 さて、「一杯のコーヒー」といえば、何といっても、井上ひさし作の『きらめく星座』を想いだします。

 大東亜戦争が開始される前夜において、オリオン座というレコード店において、その下宿人が退職金代わりにもらってきた少量のコーヒー豆を淹れて、楽しいコーヒータイムが開催されます。

 そこでみんなで合唱されるのが「一杯のコーヒーから」という歌でした。

 戦争に向かう暗い世相のなかで、配給品しかない食生活のなかで、貴重な舶来品としてのコーヒーをみんなで楽しく飲む、このささやかな喜びを大切にして庶民は生きていたのです。

 一杯のコーヒーから、夢の花咲くこともある

   街のテラスの 夕暮れに

 二人の胸の 灯が

 ちらりほらりと つきました

 この歌の作曲者は服部良一、作詞者は藤原洸であり、1938年に霧島昇さんによって唄われました。

 の方が先にできていて、服部さんはビールが好きで、ビールの歌のつもりで作曲されていたそうです。

 ところが、作詞の藤原さんは、酒が飲めなくて、それをコーヒーに変えて作詞したという「エピソード」を耳にしたことがあります。

 戦争直前の物資のない困窮のなかで、庶民が大切にしたコーヒーとその歌、そして、その庶民劇は、貴重な文化遺産といえますね。

 この「きらめく星座」のなかでは、もう一つ象徴的な歌が登場します。

 それが『私の青空』です。

 この演劇のラストにおいて、赤紙で招集された若者が、このオリオン座にやってきて、戦地に向かう前に、「ぜひとも、『私の青空』を聴かせてください」と、元歌手だったオリオン座の奥様にお願いします。

 そこで声高らかに唄われたのが「私の青空」でした。

 もともとは、1920年代においてアメリカにおいて大ヒットした歌であり、それを兵隊になっていく若者が聴きたいと懇願すること、そしてその歌を堂々と熱唱することには、国境を越えての平和を願う庶民の声があることを、作者の井上さんは訴えかったのではないでしょうか。

 井上さんは、「今日の芝居を見てよかった、幸せな気分になった」と観客が帰っていくことに芝居の目的があると仰られていましたが、この「一杯のコーヒーから」と「私の青空」をみんなで合唱するシーンこそが、その瞬間だったのではないかと思われます。

 さて、我が家の「一杯のコーヒー」の香りとコク、そして家内との何気ない会話、これらのなかに、ちらりほらりと、その幸せに近いものを覚えているように感じています。

 今日においても、平和であればこそ、そして、細やかであっても、小さな豊かさを大切にすることが何よりも求められているように思われます。

 ということで、今日の夕暮れ時に、一杯のコーヒーをいただくことにしましょう(つづく)。

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コーヒー