第六報の動機(2)
この度、来る10月4日に、(公財)寝小屋産業振興公社のファインバブル技術産業活用研究会主催の講演会において講演をすることになりました。
その講演題目を「マイクロバブル技術28年の軌跡と今後の可能性」としました。
折しも、一連の論文化において、その第六報において「高専発マイクロバブル技術(1)」を執筆するために、その準備をしていたところでしたので、丁度良い企画になりました。
この冒頭において、28年のマイクロバブル技術研究史において、次の区分を行いました。
第一期(黎明期):1980~1995年7月、マイクロバブルを大量発生させる装置を完成させ、公開する前年まで。
第二期(生成期):1995年8月~2022年、マイクロバブル技術の創成を学会、メディア、特許などにおいて公開した年からで、次のように細区分される。
1)生成期前期:1995~2012年3月、T高専においてマイクロバブル技術を研究しながら、その社会実装を試みた時期
2)生成期後期:2012年4月~2022年、ナノプラネット研究所を舞台にしてマイクロバブル技術の商品化を試みた時期
そして現在の2023年は、その生成期から次の発展期への兆しが見え始めた時期といえますので、この推移をもう少し見究める必要があるのではないかと考えています。
もしそうであれば、この28年間とは何であったのか、その疑問が現実味を帯びてきますが、それだけ、本技術が時代を先取りしていたのかもしれませんね。
W型装置からM型へ
地元の中小企業との共同研究から始まった微細気泡発生装置は、「W型」装置の特許出願で、それを一応終了しましたが、その後も研究を継続して行い、悪戦苦闘と数度の偶然が重なり、マイクロバブルのみを大量発生させる「M型」装置の社会実装へと向かっていきました。
その最初は、ダム貯水池の水質浄化への適用でした。
周知のように、ダム貯水池には、上流から少ない栄養分を有する汚水が流入してきますので、それを摂取して大量の植物プランクトンが発生します。
栄養と光、炭酸ガス、酸素があれば、どんどん増殖しては死にを繰り返し、その死骸がダム貯水池のそこに堆積して腐敗し、そこに無酸素水域が滞留し続け、それが下層から中層の一部までを覆うようになります。
そこでは、もちろん生物が生息することができませんので、これによってさまざまな好ましくないことが起こります。
この下層の無酸素水域内のみにマイクロバブルを注入し、その有酸素化を図る装置を開発し、その試験をK大学M教授(当時)と一緒に行いました。
この現地実験において重要な発見がなされました。
それは、マイクロバブルは、水面に向かって上昇せず、水平方向に拡散していったことでした。
そのことを実際の観測によって確かめ、その水平方向の拡散幅は200mを越えていました。
それゆえに、マイクロバブル装置を、その下層に設置すれば、貯水池全体の下層にマイクロバブルが広がって、その有酸素化による水質浄化が可能になったのでした。
また、この無酸素化によって、その下層の水域には、有害な金属物質が溶出するという問題がありましたが、それがマイクロバブルの酸化作用によって、その金属物質の溶出が止まり、最終的には、その下層内の金属物質が無くなるという画期的なことが起こったのでした。
この一連の実験結果をまとめて、M教授は、土木学会論文賞を受賞されました。
また、私も、この研究も含めたマイクロバブルの装置開発とその実験結果をまとめて、日本混相流学会から「技術賞」、日本流体力学会から「流体力学技術賞」をいただくことができました。
そして、1999年からは、広島湾カキ養殖、北海道噴火湾ホタテ養殖、英虞湾アコヤガイ養殖に取り組み、その成果が、NHK「ニュース7(3回)」、「おはよう日本(その後も含めて合計4回)」などにおいて報道されました。
こうして、高専発のマイクロバブル技術が、多くのみなさんの知る処となりました。
これから、この草稿を基にして、推敲を数度重ねていきながら、仕上げを行っていく予定です(つづく)。
マイクロバブルの発生(広島湾、右側でマイクロバブルが滞留している。
左側にマイクロバブルがなく、奥の方まで見ることができる)
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