北の大地の今
「北海道の今は、どうですか。何か朗報はありますか?」
「ないですね。よくない話ばかりです」
「そうですか。それはいけませんね。前から、北海道のことが気になっていて、何か、ゆかいなことはないかと考え続けていました。
昨日のあなたの話を聞いて、何かヒントをいただいたような気がします」
「そうです。私も、重要な何かがあるのではないかと思ってやってきました」
「まずは、あなたの足元にある泉を掘ることから始めるとよいですね。昨日のあなたの話を聞いて、少し考えてみました」
「ありがたいですね!」
「あなたの足元にあるのは昆布ですよね。これを何とかできないか、絶滅してしまうかもしれない昆布の再生方法はないか、と考えました。
昆布を何とかしないと、あなたのビジネスは成り立ちませんよね!」
「その通りです。しかし、昆布を何とかするということには気づきませんでした。それができるとなると、これは明るくなりますね」
「そうですか、それでは昨晩考えたことを示しましょう」
少々頑張って新たに作成したスライドは9枚、これに既存のスライドを加えて30数枚のプレゼン資料を作成しました。
「あなたの夢を、どのようにしたら実現できるのか?これを探索してみましょう」
こう思いながら作成したスライドを示すと、彼の目が輝き始めていました。
まずは、彼から依頼のあった養殖装置の基本設計案について討議しました。
彼がわざわざ北海道からやってきた最大の理由は、彼の構想が、現地の学者において悉く否定され、そのブレイクスルーを行う方法を見い出せなかったからでした。
多くの海洋生物においては、それがよく育つためには、ある一定の広さが必要だといわれています。
これは、「過密養殖はダメ」ということを意味していました。
たとえば、ヒラメは1平方メートルに1枚、車エビは、数匹などという決まりがあります。
ほとんどの海洋生物学者は、この原則から桁違いに外れると「それは上手く行かない」といいます。
彼が取り扱っている海底生物も同様であり、水槽に、それをたくさん入れて育てることなど夢物語であると、さんざんいわれてきたそうです。
この密植問題に出会った最初の事例は、広島カキ養殖改善でした。
この時、カキの密植が問題になっていて、カキ筏で育てるカキの数を減らしなさいという指導がなされていました。
しかし、だれも、このような現場を無視した指導には従っていませんでした。
この時、現場のカキ漁師とよく議論しました。
「カキは、現場の海水を汚しているのではない。プランクトンを吸収して、むしろ海水を浄化している。なんで密植が悪いのか、よくわからん」
その通りだと思って、なぜ密植が悪いのか、という訳をさらに調べてみたら、どうやら、カキの糞(これを「擬糞」といいます)が問題になるとされていました。
しかし、これは適度な量であれば、海底生物の餌にもなりますので、それが多すぎるといけないだけのことなのです。
実際にカキ養殖改善を行っていた江田島湾においては、この擬糞は、少しも堆積していませんでした。
また、当時のNKH岡山放送局の担当者が、私の光マイクロバブル装置を用いてのカキ養殖改善を取材したいといって電話をかけてきたことがありました。
この時、この担当者が盛んにいっていたのが、この密植問題であり、それが水質汚濁の原因となり、カキ養殖の量を減らさないと、その改善はできないのではないかということでした。
「なぜ、そんなことに拘るのか?」
真にふしぎなことだと思っていたら、その放送番組を見て、その理由がよくわかりました。
その番組では、まさにカキの密植が最大の問題で、瀬戸内海の水質悪化、カキ養殖の不振の原因になっているということが、滔々と述べられていました。
「これでは、私のカキ養殖改善技術が入り込む余地はない。取材を断ってよかった」
この取材申し込みは、私が大雨の中でバスに乗って都城の向かっているときで、しつこく取材を依頼してきた担当者にに対して、
「私は今、大雨の中で都城に向かうバスに乗っています。この状態で、どのようにして取材を受けろというのですか?」
こういうと、その担当者は黙ってしまいました。
噴火湾におけるホタテ耳吊り作業において
2つ目は、噴火湾の長万部におけるホタテ養殖における耳吊り作業を行う時に起こった「おもしろい事件」といってもよいことです。
ホタテ養殖作業においては、その中間において耳吊り作業を行います。これは、半成貝(直径3~5㎝)になった際に、その先端に孔を開けて、そこに糸を通して吊り下げる作業を行います。
この時に、たくさんの半成貝を陸上に運び、孔を開ける必要があります。
まさに、これは大作業であり、夜を徹して行われていました。
その現場に遭遇したことがありますが、これは戦争状態といってもよいほどの光景でした。一日も早く、ホタテを海に返してやらないとすぐに死んでしまいます。
当時、この耳吊り作業時に死んでしまうホタテは3割もあり、その耳吊り後のホタテを時化で海に出せない場合には、その5割、6割が死んでしまうことさえもあったそうです。
その耳吊りがなされたホタテは、専用の水槽に入れられ、海への運搬を待つことになります。
この時、ホタテの状態は、異常なほどに密植を呈していました。
なにせ、5m四方、深さ80㎝の水槽の中に、なんと約4万個のホタテが入れられていたのです。
せっかく耳吊り作業を終えても、ここでホタテの約3割が死ぬ、これが毎年起こっていることでした。
そこで、この超密植状態にあった個々のホタテに注目してみましょう。
そのなかで、一つのホタテの身体が弱く、死んでいたとしましょう。
その死後、このホタテは腐敗し始めます。その時に、嫌気性の腐敗菌が異常に繁殖し始めます。
このバイキンマンたちは、自分の子供たちをたくさん生み出しますので、さらに腐敗が進みます。
この腐敗菌は周囲の海水から酸素を奪いますので、それによって、お隣の元気なホタテが酸欠状態になって斃死します。
これが連鎖反応的に発生しますので、一晩ですぐに、2割、3割のホタテが斃死してしまうのです。
ホタテが死ぬとぽっかり口を開けます。そのなかを除くと中身が溶け始め、ジェリー状になっています。
そこがバイキンマンの活躍の場になっているからです。
聞くところによると、2019年に噴火湾の養殖ホタテは海の中で大量斃死し、その漁獲量が例年の1/3に激減したそうです。
これは、養殖ホタテの体力が弱くなり、この腐敗の連鎖反応が起きたからであり、あの立派な海で、このような惨事が発生したことには小さくない原因がありそうです。
そして、その究明がなされず、不明のままで済まされてはいけません。
さて、その耳吊り作業後に入れられた約4万個のホタテはどうなったでしょうか。
みなさんも、私も、その結果に注目していました。
そしたら、別の場所にいた私に、すぐ来てほしいという、色を成した連絡がありました。
なんだと思って、そのホタテ水槽にいってみると、後に組合長になったSさんが、怒った表情で、こういいました。
「先生、ホタテがみんな大きな口を開けていますよ!」
彼らは、これを悪い現象、すなわち斃死する現象だと解釈していました。
確かに、死んだホタテは貝柱で口を閉じる力を失いますので、大きく口を開いた状態になります。
この死んで開口したホタテの状態を見慣れていましたので、彼らは、それを見て死んだ、と勘違いしていたのでした。
そこで私は、慌てず急がず、ゆっくりと、こう説明しました。
「これは、斃死によって口を開けたのではないですよ。
あなた方にとっては信じられないことでしょうが、光マイクロバブルを与えると、このように大きく口を開けますので、ご安心ください」
それを聞かされて、彼らの表情が一変しました。
しかし、それでも信用できないという素振りを示していましたので、こう続けました。
「もし私がいっていることが信用できないなら、このホタテを触ってみてください。さわられると、すぐに口を閉じますよ」
みなさんが、その口を開けていたホタテにさわり、私のいっていることの正しさを確かめていました。
そのSさん、さすがにバツが悪そうで、そこでは何もいいませんでしたが、その後に発したことは「粋な計らい」でした。
すでに予定していた徹夜の耳吊り作業を止めて、「今夜はゆっくり寝てください」とみなさんを労(ねぎら)ったのでした。
これぞ、密植を防ぐ「奥の手」だと、光マイクロバブルのすごさを実感した瞬間でもありました。
それでは、なぜ、このようなホタテ漁師にとっては奇跡的な現象を生み出すことができたのでしょうか。
次回は、その訳について分け入ることにしましょう。
今日の視点において振り返れば、かなりのことが判明しているように思われます。
(つづく)
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