一つのメイル
去る9月の末ごろに、ナノプラネット研究所の問い合わせのメイルがありました。
それが私の方に転送されてきました。
その内容には、まず、その送信者が光マイクロバブル入浴の愛好者であり、それが妹さんやお母さんにも普及されて喜ばれている旨の紹介がなされていました。
光マイクロバブル入浴の良さを実体得されている方からの問い合わせでしたので、自然に注目して、その送信内容を読むことにしました。
どうやら、その方は病院関係者のようで、その紹介された病院をインターネットで調べてみると、東京のかなり大きな病院でした。
この病院は、あの有名な細菌学者だった医師がいたところであり、この方は、ノーベル賞の候補にまでなっていました。
私が幼いころによく読んだ伝記によく登場していた方で、幼いころに沸騰していたやかんをひっくり返して、指を火傷してくっついたままになりました。
しかし、かれは、それでも医学の勉強を行い、医者になっていったことが伝えられていましたので、幼いころのの私にとっては、同郷の福沢諭吉とともに尊敬した学者の一人でした。
そのかれは、アメリカに渡って数々の研究成果を上げられ、とくに梅毒研究においては大きな注目と評価を世界中から受け、それらがノーベル賞の候補になるまでに至っていました。
その頃に、アフリカで「黄熱病」といわれる新たな病気が発生し、その究明と対策が求められていました。
その原因が解っていない、いわば危険な病気を前にして、そのかれが、わざわざアフリカの現地にいってそれを究明しようとしたのか、この決断を下すには、相当な葛藤があったはずです。
ほとんどの学者が尻込むなかで、かれは敢然とそれを遂行したのですから、大変な勇気と使命観の持ち主だったのだと思います。
研究は情熱である
そのかれとは、現在の貨幣に登場している方ですので、ここでは実名をいう必要がありません。
そのかれとよく似ている方が、現在のコロナ危機のなかで活躍されています。
その方は、本ブログのなかでも何回も紹介してきた児玉龍彦(東大名誉教授)さんです。
かれは、自分の危険を顧みず(しっかり防護をされて)、自分でPCR検査をされて、その技術を習得されています。
また、その方法が、これまでの政府の専門家たちとまったく反対であっても、それをブレイクスルーして独自の方法を探究されている方でもあります。
そのやり方と心情が、そのお札のなかの方と非常によく似ているのではないか、そのように思うようになりました。
その判断において、非常に重要な発言が、国会に参考人として呼ばれたときにありました。
おそらく、児玉先生が若いころから信じて貫いてこられた信条だったのだと思います。
それゆえに、いかなる政治家や専門家がいても、それを曲げることはできないと思って堂々と吐露されたのではないでしょうか。
「研究は情熱である!」
これを聞いていた参議院予算委員会における多くの議員から拍手喝さいが起こりました。
しかし、それを聞いていた答弁席にいた閣僚や専門家、そして官僚たちは一人も拍手をしませんでした。
当然のことながら、拍手もしないのですから、それを聞いて感激したという答弁もなく、バツが悪そうに、その場を繕う発言に終始していました。
そして、案の定、かれらは、その後において児玉先生が提案されたコロナ撲滅方法を少しも採用しませんでした。
なぜなら、それを採用すると、それまで言ってきたこと、やってきたことが瓦解することになるからでした。
「そうか、かれらには『情熱』がないのだ!心の底からコロナを撲滅しよう、という情熱が湧いていない、あるいは、それが湧いていても恐ろしいほどに希薄なのだ!」
と思うようになりました。
それゆえに、「マスク会食をせよ」、「Go Toで移動しても感染は起こらない」、「ふんどしを締めなおす」、「感染者がどこまで増えるかは神のみぞ知る」などという、誰が考えても呆れてしまう発言を繰り返しているのだと思います。
かれらの頭のなかが、その次元に留まっているのですから、それがすっと出てくるわけで、これからも、容赦なく、それこそ湯水のように出てくることでしょう。
日本と日本人の不幸は、このコロナパンデミックによる深刻な危機を科学の先見性によって克服しようという姿勢がなく、それこそ100年前のスペイン風邪が流行したときとほとんど変わらない手法に固執していることにあります。
たとえば、PCR検査一つとっても、いまだにその検査数においては世界で153位前後をうろうろしています。
政府に雇われた専門家であれば、あるいは、その政府の当事者であれば、世界の趨勢から相当に遅れ、最下位に低迷していることを恥ずかしいと思うはずですが、かれらには、その羞恥心がないようです。
逆に、「PCR検査はしない方がよい、そのまま放置しておけば、自然に無くなってしまう」といっていた専門家がいました。
さすがに、その後の感染拡大においては、そのような誤りの発言はしなくなりましたが、それを誤りだと謝罪することはありませんでした。
その次に出てきたのは「PCR検査では誤診、誤陽性、誤陰性が出るから信用できない」でした。
これについては、政府の専門家分科会で一時期相当に議論されていましたが、その結論は出ていません。
この議論の構図は、ある民間人の委員が、PCR検査の拡充を主張したのに対し、そこの専門家たちが、上述のようにな反論を行い、ことごとく反対するという問題でした。
ここで、児玉先生が、勇気をもって発言されていました。
「最先端のPCR検査機器を用いれば、誤陽性も、誤陰性も起こらない。このようなありもしない議論を行っているのは日本だけである。その主張を行っている専門家は、世界から信用されていない」
つまり、かれらには、使命感も情熱もなく、自分たちと政府の立場や発言に固執しているだけであり、それを突破できない、このことがいよいよ明白になってきています。
その情熱を持って医者になり、アメリカに渡り、さらにはアフリカに乗り込んでいった千円札の主とは、まるで次元が違っているのです。
おそらく、かれが生きていれば、アフリカの地で、こういったはずです。
「学問は情熱だよ!それがないと遂行できません」
次回は、その英雄が、アフリカに行ってからのエピソードに分け入ることにしましょう。
(つづく)

コメント