最近、誤嚥(ごえん)肺炎の事例が増え、整形外科としても重要な課題として指摘されるようになりました。
この問題に関係して口腔ケアがますます重要になり、S先生は、これに関する国際的権威の学者でした。
「誤嚥肺炎」とは、口のなかや喉に異物が留まり、そこに細菌が繁殖して、それが肺にまで達して肺炎になる疾病のようです。
今回の新型コロナウイルスも喉や鼻の粘膜に吸着して蔓延り、肺や内臓にまで達して重症化していくようです。
「誤嚥肺炎」とは、口のなかや喉に異物が留まり、そこに細菌が繁殖して、それが肺にまで達して肺炎になる疾病のようです。
今回の新型コロナウイルスも喉や鼻の粘膜に吸着して蔓延り、肺や内臓にまで達して重症化していくようです。
先生がご存命であれば、この口腔内のケアについて重要な意見を示唆していただけたはずです。
今となっては、この口腔内ケアの重要性に気づくのが遅すぎたと深く反省をしています。
さて、先生が遺された清川妙著の『兼好さんの遺言』のなかで印象深かった一節をもう一つ紹介しましょう。
その第1は、兼好さんの季節感です。
日本には明確な気候変化があり、それは四季として認識されています。
兼好法師は、この四季について次のように述べられています。
兼好法師は、この四季について次のように述べられています。
「春くれてのち夏よりすでに秋はかよい、秋はすなわち寒くなり・・・・・」
著者の清川さんは、これは単なる季節の変化ではないことを解説されています。
著者の清川さんは、これは単なる季節の変化ではないことを解説されています。
「春が暮れてのち夏になり、夏が終わって、秋が来るのではない。春はそのまま夏の気配をおこしはじめ、夏のうちにもう秋らしさが漂いはじめ、秋はすぐに寒くなり・・・・」
春のなかに夏の気配があり、夏のなかに秋の風情が漂う、その秋のなかに冬の寒さが含まれているという連続性、関係性に気づいて、その季節感を認識するという時の奥行きを観ている、これが兼好さんの季節感なのだと説いているのです。
そういえば、冬のうちに春が準備され、それが整ってくると芽が出て膨らみ成長を遂げるようになる、そして桜や菜の花たちが咲いてきました。
兼好さんがすばらしいのは、この時の季節変化を自分の人生に準(なぞら)えていることです。
そのことを著者の例えを、私の事例に則して考えてみましょう。
たとえば、今の私は72歳です。
その70歳代のありようは、すでに60歳代に用意されてきたのだ、というのです。
その60歳代の初めにおいては、2011年3月11日に東日本大震災が発生し、その震災復興プログラムに取り組むようになり、私の高専最後の1年は、このプログラムに一心不乱に取り組むことで、あっという間に過ぎました。
定年退官と共に、何とかこのプログラムを終え、2012年4月1日に、大分県国東市に建てた新築の家に会社ごと移りました。
この移動と共に、すでに設置されていた(株)ナノプラネット研究所と(株)ナノプラネットの社員になり、その仕事に勤しむことになりました。
ほとんど国東や大分には縁がありませんので、文字通りの「一からの出直し」でした。
そのために、この国東での自立のために、約10年に渡って、その準備を行ってきました。
①光マイクロバブル技術の開発をより一層発展させる。
②地域のみなさんと共同して、地域に根ざした技術づくりを行なう。
③本当のニーズに則した商品開発をめざす。
これらの課題を解決することは、なかなか容易ではなく、その途中で現場に突入してしまうことになりました。
しかし、その準備を行ってきたことが少なからず、徐々にですが実を結ぶようになり、その60歳代を終えることができました。
これからの70歳代は、その10年の準備を基礎として展開されるのだと思いますので、それは「悔いなく生きよ」というべきものかもしれません。
その10年が、これからの70歳代の予感を孕(はら)ませているのであり、兼好さんは、その老いた私どもに対して、こう激励しています。
「老いて智の若き時にまされる事、若くして貌(かたち)の老いたるにまされるがごとし」
この意味は、老いても知恵の方は若い時よりもまさっていて、それは、若い時の容貌が老人に比べてまさっていることと同じだ、ということにあります。
これは、兼好さんが「知恵で勝負せよ、悔いなき老後を全うせよ」といっていることを著者が、この本の「まとめ」として示したことであり、私も、その意味を深く噛みしめました。
おそらく、今は亡きS先生も、「悔いなき生き方」をなされた方であり、その姿勢を深く学びたいと思います(つづく)。
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