先日、長野のKさんに送付した閉鎖水域における水質浄化の提案は、関係者のみなさんに示され、その折の反応は好意的であったという報告がありました。
Kさんは、たしか私よりも年上ですので、これは地域におけるゴールデンエイジの取り組みとして発展していくと幸いですね。
この三連休を含む数日間、「次世代型の新たな光マイクロバブル植物活性を最高度に活かした植物工場」の基本設計に勤しんでいました。
これは、別の視点に照らして考えると「高温障害克服型植物工場」とも特徴づけられます。
地球儀を眺めますと、日本の南端には沖縄列島があります。
さらに、その南方には東南アジアの諸国がいくつも林立しています。
これらを俯瞰しますと、沖縄は、日本と東南アジアを結ぶよい地勢的位置にあり、ここでの実績が、より南へと橋渡しをしていくことができます。
その意味で、沖縄はモデル的地位を占めているといってよいでしょう。
ところで、高齢者にとって、新鮮な野菜を毎日、少しでも食べ続けることは、自らの健康の維持と改善にとって不可欠なことです。
しかし今日、店頭に並んでいる野菜のほとんどは、農薬まみれであり、そのために鮮度が落ちる、おいしくないという、おかしなことが起きています。
これでは、自らの健康維持ができるはずもありません。
そんな野菜だったら食べても意味がない、食べたくもないという意識になり、食生活の悪循環に嵌まり込んでしまいます。
これは、自分で無農薬野菜栽培、低化学肥料栽培を行ってみて本当に認識できたことであり、同時に、これを徹底して実行するには相当の困難があることもよく解りました。
少し前から、一時中断していた緑砦館での無農薬、少化学肥料の栽培を再開していますが、これから春の到来に備えて、その準備を徐々に行っていきたいと思っています。
その実感は、今朝、積み立ての緑砦館クレソンを少し食して、「これは本当においしくなった」という思いに現れていました。
超高齢化社会をたくましく生き抜くために、もっと「光マイクロバブル植物活性水耕栽培技術」におけるより一層の洗練化をしていかねばなりませんね(つづく)。
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また、当時、ドクターが密かに開発に取り組んでいたということを知ったのは、遥か後になってからのことですが、いずれにしても、研究テーマのキーポイントが「泡」ではなく「渦」であったことを知る数少ない一人が小生であることに間違いはありません。
それが、今また長野県で使われようとしていることに敬意を表する次第です。全く色褪せることもなく、成長を続ける「光マイクロバブル技術」も生成期から次の時代に入る(入った?)ことも間違いありません。
マイクロバブルが世の中にデビューしたのがあの記憶に残る1995年であるならば、今年で『祝!四半世紀』となりますが、それはそれで間違いありません。
群れを嫌い、権威を嫌い、束縛を嫌うドクターXのような性質をもつ小生が学生生活を終え、群れに入り、権威を使い、束縛まみれの企業に入ったのが1991年の春。その間、マイクロバブルの魅力に惹かれ、どちらが本業か分からないほどのめり込んだ28年間の月給取りを辞めて、早、1年が経とうとしています。思った以上に準備に時間がかかりましたが、光マイクロバブルの世界に身を投じたことに間違いはない。
と、「2020出初め」にそこはかとなく考えるわけですが間違いはないでしょうか?おあとがよろしいようで。ではでは。