ドイツの理科教育の到達点は、実験を主体にした教育法の確立でした。
日本での講義が主、実験実習が従という関係の逆の方式でした。
たとえば、年間30週の講義を行うとしますと、30種類の実験テーマを決め、それを大きな実験台の上で、実験をしながら講義を行うという形式で、実験と講義が一体化したやり方でした。
ですから、この成功は、いかにして効果的に実験項目を設定するかにありました。
同時に、そのための専用教室、大きな実験台を兼ねた机、実験器具が必要でした。
「なるほど、この方式を徹底して行うことによって、ドイツの理科教育、ひいては理科系学生の養成、科学技術立国が成り立っているのか!」
と、大いに感心させられました。
私は、1994年からドイツに留学した経験を有していますが、そこで学んでいた子供たちに理科教育のことを教えていただきましたが、やはり、そこでも、この方法の教育がなされていました。
この方法の優れた点は、理屈でまず理解するということを行わずに、実験を通して理論を学ぶということにあります。
これによって、学生たちの理解の方法が本質的に異なることに注目しました。
「理解できる」、すなわち「わかる」とは何か、この問題に突き当たったことが2つ目のヒントになりました。
この命題を深く考察するうえで、次の名著がとても参考になりました。
「『わかる』とはどういうことかー認識の脳科学」山鳥 重 ちくま新書359
これによれば、「わかる」という認識においては、そこに何段階かがあり、本質的に「わかった」行為には、必ず行動が生まれる、という指摘が重要でした。
そこで、この2つのヒントを基にして、私が実践したことは、次の2つでした。
①講義においては、徹底して「考えさせる」ことを優先させる。
そのために、1回の講義において、それこそ何十回も質疑応答を繰り返しながら、どこが解らないのか、なぜわからないのか追求していく。
同時に、この質疑応答工夫し、おもしろくする。また、授業の冒頭には、前回の復習を兼ねた10問のクイズ形式の小テストを実施し、それを学生同士で採点させる。
この授業方法の変更によって、教科内容が減ってしまうが、それに伴い重要な教科内容を厳選した。
②講義に際しては、実験用の装置を手作りして、教台の上で実際に実験をして見せながら「わかる」という認識を深めさせた。
教科内容に則した実験道具・装置を作る、これは、とても根気とアイデア、費用のかかることでしたが、それらを乗り超えて、この作業が進んでいきました。
最後には、これが最高に進んで、費用にして数十万円もする装置を造り上げたこともありました。
これよって、学生たちは目を輝かせ、興味を持ちましたので、この成果は疑いようもありませんでした。
たしかに、理屈でわからせるよりも、はるかに効果的であり、そのことが、学生たちに毎回書かせたレポートの内容によって明らかになりました。
この教育経験を通じて、実践的技術者教育における最初の段階におけるブレイクスルー、すなわち、講義と実験実習の融合問題における端緒が切り拓かれたのではないかと思いました。
しかし、この教育方法の改善は、私のささやかな講義のなかでしかなされず、それを広く普及させるまでには至りませんでした。
この融合実験講義をさらに生かして、実験実習に活かす、この段階における開発までには、担当者が異なっていたこともあって発展させることができませんでした。
その意味で、実践的技術者教育の課題は、その講義と実験の融合の実践によって、その第一歩が踏み締められることによって垣間見え始めたのではないかと思います。
この学生に「よく考えさせる」授業、「よくわからせる」授業、これらは、2010年代において高専においても盛んに唱えられるようになった「アクティブラーニング」の基本精神に相通じる部分が少なくないように思われます。
以上をまとめますと、高専における今後の実践的技術者教育のあり方において、次の課題をめざす必要があると思います。
①実践的技術教育の基本は、その実践によって、「よく考えさせ」、「よくわからせる」ことにあり、そのために講義と実験実習の在り方を大いに工夫することが重要である。
②この教育目標の達成は、高専においてどのような学生を育てるかに結びつくものであり、その結合を考慮した教育目標を掲げる必要がある。
③講義と実験実習の融合、主従関係の逆転などを考慮した教育方法や教育施設の改善が重要である。
④上記の実践的技術教育の改善は、第一段階に属するものであり、第二段階における「創造教育」、第三段階における「開発教育」へと発展させていく土台形成になる。
これで、本シリーズの全体像が少し見えてきたでしょうか。
次回は、その論究を、少し前に進めることにしましょう(つづく)。
コメント
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このような検討は、ほとんどなされてこなかったし、その実践における検証もなかったのではないでしょうか。実践的技術の教育を行なう高専において、不足していた視点と見解ではないかと思います。
また、博士の考察には、いくつもの新しい踏み込みがあり、私ども現役にとってとても参考になります。今後とも楽しみにしておりますので、よろしくお願いいたします。周りの友人たちにも、このブログのことを紹介しています。
たしかに、高専においては現象的な論究に留まるものが多く、深みも幅もあまりなく、それゆえに普遍性を持たないという弱点があります。社会的にも、高専をアピールする際に、その弱さが影響しています。
これを克服して、博士流にはブレイクスルーして、次世代の高専教育のあり方を探究してみたいですね。どうか、その道しるべを示してください。