一昨日の朝早く、玄関前に、米30kgが入った大きな袋が置かれていました。
「玄関先に米袋?」、これはどこかで聞いた話ではないかと思って調べてみると、「傘地蔵」の民話でした。
ある貧しい老夫婦がいて、正月を迎えても餅すら買えない状態でした。
そのおじいさんは、おばあさんが内職で作った着物を売りに行きましたが、それを買ってくれる人はいませんでした。
悲嘆に暮れていたおじいさんは、傘を売っている商人に出会い、その傘が売れていないことに同情して、その傘6つと、その大切な着物を取り換えてしまいます。
せっかくの正月に何も食べるものがなく、おばあさんを悲しませることになると思いながら帰途につくと、道の傍にお地蔵さんが並んで立っていました。
雪を被って寒そうだったので、そのお地蔵さんに交換したばかりの傘を被せてやりました。
傘は6つしかなく、最後のお地蔵さんには被せてやれなかったので、自分の頭にかけていた手拭いをかけてやりました。
「お母さん、申し訳ないけど、何も買えなかったよ」
といいながら、その一部始終をおばあさんに話しました。
おばあさんは、何も言わずに、おじいさんのしたことを理解しました。
「明日からの正月はどうしようか?」
と思いながら寝てしまうと、玄関先でドスンという音がしていました。
驚いて、玄関先に行ってみると、そこには、米俵や食料、お金までが置かれていました。
雪の降りしきる向こうを見渡すと、お地蔵さんたちが歩いて帰っている姿が見えました。
おかげで、この老夫婦は、「ひもじい正月」を過ごさずに済みました。
幼いころに、幾度となく聞かされた話を思い出しました。
さて、我が家の玄関先の米袋は、いったい、どのような事情があったのでしょうか。
じつは、前日にマイクロバブル研究会員のSさんから、電話がありました。
「明日の朝、米袋を置いておきますので、よろしくお願いいたします。みなさんで食べていただき、美味しかったら、友人のみなさんにも紹介してください」
この米は、私にとっては特別のものですから、二つ返事、その申し入れを引き受けることにしました。
「まずは、その試食を行ってからにしましょう。朝粥はどうですか?」
「別の米で、もうお粥を作ってしまいましたよ!」
「そうか。それでも、わずかでよいから、この米の粥を作ってもらいたいのだけど・・・」
「いいですよ、作りましょう」
「これは美味しいね。よく噛んだ後に甘味が出てくる。こんなことは珍しい、ふしぎな米だね」
早速、地元の美味しい米で作ったお粥と比較してみました。
「たしかに、ちがうね。これは・・・」
それでも、まだ大きな違いがわからないままで、あっという間に、そのお粥を食べつくしてしまいました。
「今度は、お結びにしよう。その方が違いがわかるかもしれない」
「そうでしょうね。昼に炊いて、お結びを作りましょう!」
この予感は的中しました。
「この米は、もち米のようにねばっこいですよ!これは、明らかに違いますね」
家内のいう通りで、今度は、通常の米とは、まるっきり違う「お結び」をいただくことができました。
「これはすばらしい、さっそくSさんに試食の結果を報告しよう!」
電話の向こうのSさんも同じような手ごたえを感じておられたようでした。
さて、確かに米袋を運んできたのはSさんでしたが、この場合、本当の「お地蔵さん」はいったい誰なのでしょうか?
ここでしばし考え込んでしまいました。
「ここまで、仕向けたものは何か?」
その「ふしぎな何か」とは何か?
Sさんも私も、そのことをよく理解していますが、さて、読者のみなさんはいかがでしょうか?
現代の「傘地蔵物語」、今度、孫たちにも聞かせてやりたいような話ですね(つづく)。
野に咲いた花
「玄関先に米袋?」、これはどこかで聞いた話ではないかと思って調べてみると、「傘地蔵」の民話でした。
ある貧しい老夫婦がいて、正月を迎えても餅すら買えない状態でした。
そのおじいさんは、おばあさんが内職で作った着物を売りに行きましたが、それを買ってくれる人はいませんでした。
悲嘆に暮れていたおじいさんは、傘を売っている商人に出会い、その傘が売れていないことに同情して、その傘6つと、その大切な着物を取り換えてしまいます。
せっかくの正月に何も食べるものがなく、おばあさんを悲しませることになると思いながら帰途につくと、道の傍にお地蔵さんが並んで立っていました。
雪を被って寒そうだったので、そのお地蔵さんに交換したばかりの傘を被せてやりました。
傘は6つしかなく、最後のお地蔵さんには被せてやれなかったので、自分の頭にかけていた手拭いをかけてやりました。
「お母さん、申し訳ないけど、何も買えなかったよ」
といいながら、その一部始終をおばあさんに話しました。
おばあさんは、何も言わずに、おじいさんのしたことを理解しました。
「明日からの正月はどうしようか?」
と思いながら寝てしまうと、玄関先でドスンという音がしていました。
驚いて、玄関先に行ってみると、そこには、米俵や食料、お金までが置かれていました。
雪の降りしきる向こうを見渡すと、お地蔵さんたちが歩いて帰っている姿が見えました。
おかげで、この老夫婦は、「ひもじい正月」を過ごさずに済みました。
幼いころに、幾度となく聞かされた話を思い出しました。
さて、我が家の玄関先の米袋は、いったい、どのような事情があったのでしょうか。
じつは、前日にマイクロバブル研究会員のSさんから、電話がありました。
「明日の朝、米袋を置いておきますので、よろしくお願いいたします。みなさんで食べていただき、美味しかったら、友人のみなさんにも紹介してください」
この米は、私にとっては特別のものですから、二つ返事、その申し入れを引き受けることにしました。
「まずは、その試食を行ってからにしましょう。朝粥はどうですか?」
「別の米で、もうお粥を作ってしまいましたよ!」
「そうか。それでも、わずかでよいから、この米の粥を作ってもらいたいのだけど・・・」
「いいですよ、作りましょう」
「これは美味しいね。よく噛んだ後に甘味が出てくる。こんなことは珍しい、ふしぎな米だね」
早速、地元の美味しい米で作ったお粥と比較してみました。
「たしかに、ちがうね。これは・・・」
それでも、まだ大きな違いがわからないままで、あっという間に、そのお粥を食べつくしてしまいました。
「今度は、お結びにしよう。その方が違いがわかるかもしれない」
「そうでしょうね。昼に炊いて、お結びを作りましょう!」
この予感は的中しました。
「この米は、もち米のようにねばっこいですよ!これは、明らかに違いますね」
家内のいう通りで、今度は、通常の米とは、まるっきり違う「お結び」をいただくことができました。
「これはすばらしい、さっそくSさんに試食の結果を報告しよう!」
電話の向こうのSさんも同じような手ごたえを感じておられたようでした。
さて、確かに米袋を運んできたのはSさんでしたが、この場合、本当の「お地蔵さん」はいったい誰なのでしょうか?
ここでしばし考え込んでしまいました。
「ここまで、仕向けたものは何か?」
その「ふしぎな何か」とは何か?
Sさんも私も、そのことをよく理解していますが、さて、読者のみなさんはいかがでしょうか?
現代の「傘地蔵物語」、今度、孫たちにも聞かせてやりたいような話ですね(つづく)。
野に咲いた花
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