マイクロバブル博士の「マイクロバブル旅日記」

本「旅日記」で、マイクロバブルの科学と技術に関する難しい情報をやさしく解説し、深く考えることによってマイクロバブルの物語をよりおもしろくします。また、それをゆかいに展開させていきます。これが、あたかも燎原の火のように、それこそ国境を超えて、どこまでも広がり、国民生活と産業に深く分け入ることで、マイクロバブル社会が形成されることをめざします。

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2012年01月

さて、その吃驚(びっくり)現象とは何か、それは、どのようにして起こるのか、さらに、それらが何をもたらすのか、それらをじっくり、そして、しっかりと考える必要があります。 まず、その吃驚マイクロバブル現象のいくつかの説明から始めます。 その第1は、いわむらも

塩野七生さんの100年インタビューも後半の佳境の部分に差し掛かり、「時代を切り開くパワー」についての話題に移りました。 日本人は、第二次世界大戦直後に、このパワーを発揮し、それが戦後の再建に役立ちました。 やがて、物が安くて治安がよく、生活水準も高い日

 大きな中庭を挟んで、前に事務所、後ろに住居部分を設ける、そして、中庭は壁で囲む、この基本プランを示したことで、山中さんの建築家としての触手が動いたようでした。 「大分県にはオープンネットの知り合いがいない、米子からはかなり離れていて遠い、この不利な条件

超大国「ローマ」は、1000年、2000年という単位で、なぜ長く持ったのか、この問題に話題が移りました。  「ファミーリア」とは、ラテンゴデ「運命共同体」を意味し、カエサルは、征服した国を運命共同体と考え、いっしょに働くことを認めていきました。  たとえば、ソ

大学時代の同級生であるMさんが久しぶりに来校されました。互いに卒業して40年余、それぞれの道を歩み歳を重ねてきましたので、それが変貌ぶりに現れてきます。 「互いに歳をとって老けたなあー」 このような会話が成り立つようになってきたのですから、当然のことなが

今朝は西日本も寒波が襲来して雪化粧のようですね。山陰の米子市の建築家山中さん、大分杵築市の大工運乗さんより、雪の便りがきています。 本日は、久しぶりに早朝散歩に出かけました。こちらもうっすらと雪が積もっていましたが、空は快晴、雲ひとつない状況で、今日あた

いつもカバンに下げている出雲大社の鈴のせいでしょうか、それとも、先日転んで顔を擦りむき、その災いが転じて福となったせいでしょうか、このところ事態がいくつか好転し始めています。 昨日は、大手企業の方が相談に来られ、ある大学および民間企業の技術とマイクロバブ

必要で必然、最高(ベスト)の「出会い」の続きです。山中さんから指摘された「出会い」の内容は次の3つでした。 ①「屋外にリビングがある家」づくり ②遠隔地でのオープンネットの実施 ③新たなマイクロバブル風呂づくり ②については、まず、大分県国東市への移住

講演の冒頭に、卒業生の三浦望さんを登場させることで、ぐっと身近な存在にすることにして目の色を変えることができましたので、次は、講演で明らかにするメインテーマを考えていただくことにしました。 それは、私たちがどのような時代に生きているのかという「時代認識」

鳥取県米子市に本社がある㈱オープンネットの代表取締役で建築家の山中省吾さんから、「運命的出会い」という感動的なメイルをいただきました。 この全文は、すでに、オープンネットのホームページの「実況中継」の欄に掲載されていますので、ここでは、それを参考にしなが

フランス帰りのプロの料理人の試食談の続きです。 1.夏のイワガキみたいでコクがある 夏によく食べられる岩ガキです。大きいのは3年前後の養殖期間を要します。この味とよく似ていて、コクがあると判断されています。この味の濃さは、マイクロバブルを与ええる期間が

イタリアの子供の教科書に出てくるリーダーとしての5つの条件は、知力、説得力、肉体的耐久力、持続する意思力、自己制御力でした。 この条件を備えた典型的ローマ人がユリウス・カエサルでした。 彼は、敵の意表を突き、数では劣性のなかでも勝ちぬいていく才がありまし

午後からは、高専での特別講演に臨みました。予想して人数よりもはるかに多い80名以上の参加者があり、会場は自然に盛り上がっていました。 特別講演の題目は、「科学(マイクロバブル)の力で取り組んだ東日本大震災復興支援」でした。 まず、講演の導入を工夫しました

大分駅前のホテルに入ってから講演の準備を始めましたが,いつの間にか仮眠して,目が覚めたのが御前3時ごろでした. いつもの通りですが,それから9時までに,その準備を終えないといけないと思いはじめ,ここから一気に集中力が出てきて,スライドづくりが進みました.

特急ソニックからの車窓から見えるのは暗闇ばかりです。宇佐を過ぎ、杵築へ、それから亀川に到着するようです。 杵築は、松平公がいた城があり、坂道がある古い街並みで有名です。それから、亀川は別府市内の地名で、ここにも有名な温泉場があります。 昔、この亀川の大

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