本日は、目まぐるしくたくさんの方々と面談し、それを終えた夕方には、その「ヒト疲れと」とともに、さわやかな気持ちが残りました。

 かつて、マイクロバブルが、この世の中に登場したころには、このような面談が連日ありました。

 しかし、そのころは、来る方もマイクロバブルについては素人であり、こちらも未熟でしたので、お互いに話が長くなり、その面談時間が2時間を超えることも珍しくありませんでした。

 最初は、近隣の大学に向かいました。かつて、共同研究を盛んにしていた先生方と面会するためでした。

 ところが、高速道路降りたところで、本日の面談に準備していた資料を持ってきていないことに気付き、少々うろたえることになりました。

 出るときに、その封筒を確認し、持っていこうとカバンの中に入れたはずなのに、いくら探しても入っていません。その封筒をカバン入れようとして、ふと別のことを思いつき、そちらに引っ張られていったようで、その資料は机の上に置かれたままでした。

 これも、歳のせいでしょうか?

 「どうしようか?」と思案したあげく、電話をして至急持ってきていただくのが一番よい、今からだと「予定の面談時刻」に間にあいそうだということで、それをお願いしました。

 幸いにも、予約なしでしたが、最初の教授は在室されておりました。彼とは、久しぶりの面会となりましたので、しばらくの間、マイクロバブル談義を楽しくさせていただきました。

 二人目は、マイクロバブルに関する共同研究をしている先生でもありましたので、最近の研究成果の一部を紹介させていただきながら、ゆかいな論議を交わさせていただきました。

 三人目は、本日のメインの面談の方でした。この方には、初めての面談することになりましたが、日本の大学における「優れた研究48選」とでもいいましょうか、その紹介パンフの中に選別されたほどに著名な方でした。

  この面談設定は、ある企業の社長さんを通して申し込まれてきたものでした。

 その教授が、私の研究に非常に興味をお示しになり、ぜひともお会いしたいという意向を示されているということでしたので、私が出向かしていただくことになりました。

 静かで広い応接室に案内され、おまけに冷たくて美味しいお茶がすぐに出てきました。面談の冒頭は、その教授から、今回の経緯に関する説明がしばらくありました。

 私は、黙ってそれを聞いていましたが、まず、非常にアクティブに研究をされてきた方だなという印象を覚えました。同時に、今のお立場を考慮すると、さらに、コーディネート力にも大変長けている方であることも判明してきました。

 そのことは、攻守逆転して、私の方から、ご関心の研究分野に関する最近の成果を紹介させていただいたときの即座の反応で、よく理解することができました。

 私の説明に応じて、適格な質問が相次ぎました。さすが、その道の専門家です。

 しかし、それに比べると当方は素人ですが、その素人が出したマイクロバブルの結果については、それを度外視して興味を持っていただけたようでした。

 「先生、これは大変な研究に発展する可能性がありますね。私が、私どもの大学で、よい研究者を紹介させていただきますので、共同研究をしませんか?」 

 こういきなりいわれましたが、その提案に不服はなく、「こちらこそ、ぜひ、よろしくお願いいたします」と、こちらも即座に返事をさせていただきました。

 こうして、すっかり意気投合して、最後の方では、「先生に、今から15年前に会うことができていたら、どんなによかったのか」と何回も繰り返して仰られるまでになり、すっかり私どものことを理解されたようでした。 

 同じ研究者の道を歩んできたのですから、専門は違うとはいえ、すぐに、それがどの程度かは理解できる、見抜く力を持っておられる方でした。

 かつて、ある学会の会長から、「私と10年前に出会っていたら、私の研究者人生は変わっていたかもしれない」といわれたことがあります。

 しかし、今度はさらに5年延びて「15年」となりましたが、その10年の時のことを思い出しました。その著名な学者にして、自らの人生を振り返っていただくことになったのですから、これ以上のものはなかなかありません。

 どうやら、この共同研究がすぐに発足するようなので、研究室に帰ってから、H農園のH君に、「これからは、その道の専門家が加わってくださることになったので、よかったね」といいましたが、かれも、それを喜んでいました。 

 初めて会った方ですが、その会談が終わるころには、お互いに旧知の仲になったような気分になり、楽しく話を弾ませました。

 さて、そこで、それがなぜできたのか、その理由を少し落ち着いて考えてみることにしました(つづく)。


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