このところブログ記事の執筆が滞おってしまいました。
なにか集中して書物をしている時には、これが起こってしまうのですが、今回は、それが少々長くなってしまいました。
じつは、この1ヶ月間、ある原稿の執筆に没頭してしまい、結局それに追われるという事態に陥ってしまいました。
「藪蛇(やぶへび)」とは、このことかと思ってしまうことしきりで、とにかく、その決着をつけてしまう必要がありました。
事の発端は、3月の末に奈良で講演を行ったことにありました。ここで原稿依頼を受け、それで書く気になりました。
4月になって、いざ原稿を執筆し始めると、テーマが少々大きかったせいか、それが1回の8000字程度では収まらないことが判明し、苦し紛れに2回に分けていただくことで了解していただきました。
ところが、その2回目の原稿を書いている最中に、その見通しが甘かったことが判明し、結局、その次の3回目も書かざるを得なくなりました。
取り扱ったテーマが、「高専50年」という比較的大きなテーマだけに、それだけの重みと広がりをもつものでしたが、それをきちんと最初から把握していなかったのですから、「甘かった」としかいいようがありませんでした。
それで結局、2回目が8000字、そして最後の3回目が結局26000字にもなり、それで決着ということになりました。
これで合計は約4万字を超えることになり、小作とはいえない分量になってしまいました。後は、その中身の質の問題ですが、それは読者が判断されることですので、それを待ちたいと思います。
これは、自らの職場であった高専50年を振り返るに良い機会を与えていただきました。過去の記憶を取り戻しながら、結局、そのほぼすべてに目を通し、そのつど考え、書いては書き直すことを繰り返しました。
この過程を繰り返しているうちに、書いては書き直しがなされ、そして全体構想が明らかになり、それを明確にして書いていくということが進み始めます。
こうなると筆が進み始めるのですが、そこまでの試行錯誤の時間が意外に長くかかることになってしまいました。
しかし、50年の桎梏の暗闇の中から、一筋の光が見えてきて新しい解明がなされたと気づくようになったときは意外とうれしい気分になります。
「そうか、そのような問題に、もがき苦しんでいたのか!」と思うことで、それまでのストレスが吹っ飛ぶような気持ちになりました。
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