不思議なことに、広い美容室にお客さんが埋まると、そこが

狭いとさえ思うようになっていた。周囲からのアドバイスもあり、

パーマから「着付け」を行うようになり、記念写真も撮れる写真

室も併設した。

こうなると広いことが、逆に便利になり、同じフロアで、それら

のすべてが可能となり、広いことが他の美容院にはない利点

となっていった。

「知恵と工夫」があれば、何事も前に進むことを何度も思い

返した。

「これで、いよいよ駅前に進出する準備ができそうだ」

こう思うと、一層仕事に打ち込むことができた。あせらず、着

実に仕事を進めることが、その目的を達成するための最善で

最短の道であった。

そして、それから10年余の歳月が流れたが、それも、あっと

いう間の短い期間のような気がした。

おかげでお客さんも増え、少しばかりではあったが、資金も

貯めることができた。従業員も10名を超えるようになった。

「今度は、部屋を借りるのではなく、自分で美容院を建設す

ればよい」

「わずか8坪の美容院から始めた私が、ここまで考えるように

なったのか!」

いつしか、こう思えるようになった自分の変化をゆっくり眺め

ることができるようになっていた。

そこには、美容師一筋30余年の軌跡が残っていた。

駅前の最適地に空き地があり、そこに美容院を新築した。そ

れは、夢にまでみた「自前の美容院」であり、自分が努力して

きた「人生の証」でもあった。おかげで、新天地の美容院も繁

盛した。従業員も育ち、多くのお客さんから喜ばれた。すべて

が、さらに、うまく回転し始めたように思えた。

しかし、天は、その順風満帆を長くは継続させなかった。そ

の終わりは、あのいつか経験した「仙台宮城地震」以上の衝

撃を伴うものであった。


どのくらい眠ったのであろうか、ふと近くに女性の店員の声

がして目が覚めた。それは、待っているお客さんが来たのを

歓迎する「かけ声」であった。

「夢か、この美味しい酒のおかげで、うっとりさせていただい

た」

こう思いながら、私は、空になっていた盃に酒を注ぎ直した。

現実に返り、なにやら、映画「男はつらいよ」の冒頭のことを

思い浮かべた。

「そうか、夢だったのか、寅の夢も、いろいろなものがある

が、今の夢は、そんなに悪い夢ではなかった」

いつのまにか、私の席の周りの客はかなり増えていた。窓

の外には、あの松島の絶景の緑が、なにも変わったことがな

かったように輝いていた。

(一部終了)


読者のみなさまへ

これで「マイクロバブル人(4)松島の夢」の第一部を終了しま

す。この一部では、その登場人物はマイクロバブルに出会っ

ていません。その夢の続きは、また機会を得て、その「第二

部」において書かせていただきます。