兵庫県竜野と姫路を訪れていました。竜野は、歴史の香りが残る静かな街で、駅

前には「童謡のまち」という看板もありました。哲学者の三木清、そして「赤とんぼ」

の作詞者で有名な三木露風という反戦哲学者・詩人の出身地でもあります。それ

から、映画「男はつらいよ・夕焼け小焼け」のロケ地でもありました。

 この竜野行きの前に、この映画を見直しましたので、寅さんのような気分で、この

街を訪ねることができました。

 本竜野駅から降りて、駅前をまっすぐ進むと、揖保川がありました。途中、ソーメン

で有名な「揖保の糸」の本社があり、「ウスクチ醤油」の製造工場もありました。

 そして、突き当りの川には竜野橋がかかっており、映画では、そのそばでアイス

キャンデーが売られていました。また、町の担当課長さんが桜井センリさんで、この

橋のそばで次のようにいわれます。

 「なんといても、ここから見る鶏龍山の景色が一番です。先生にぜひとも絵を描い

ていただきたいと思います」

 こういうのですが、そこには宇野重吉扮する池の内青観はおろか、その連れであ

る寅もいず、その寅は車の中で居眠りをしたままでした。前夜のどんちゃん騒ぎが

たたり、起きていることができなかったためです。面白いのは、最後に、この車の搭

乗者全員が視察どころかみな寝てしまうシーンが出てきたことでした。寅も町の職

員もいいかげんなもので、疲れて寝てしまったのでした。

 しかし、夜になると、町は、日本画壇最高峰で竜野出身の青観に絵を描いてもら

いたいために、青観の連れである寅を接待し続けます。その相手が、大地喜和子

扮する芸者の「ぼたん」でした。これが軽い調子で寅とすぐに気が合い、寅は接待

三昧を繰り返します。

 一方で青観は寅が身代わりの接待を受けてくれたので、独自行動をとります。ま

ずは、竜野小学校に行き、そのキャンパスの子供たちを眺めます。私も、昨日、そ

の場所に佇んでみました。自分が出た小学校が懐かしかったのいでしょう。その立

派な石づくりの校門の近くには、明治6年開校という掲示もありました。

 それから青観は、ひとりで昔の彼女である岡田嘉子さんを訪ねます。そして、彼

女と宇野重吉が昔を語り合うというハイライトシーンができあがるのです。その岡田

嘉子さんは、「恋の逃避行」といわれた当事者の一人であり、宇野重吉は、その当

時を知る古い役者です。

 ここで、青観は、「私の過去には責任がある、申し訳なかった」と誤りますが、岡田

さんは、それをすっかり許していて、次の名ゼリフをいいます。

 「人生には後悔が付き物で、後悔には、あんなことをしなければよかったという後

悔と、なぜあんなことをしてしまったのだろうかという後悔が・・・・」

 これを聞いて、青観は何も彼女にいうことができず、庭の牡丹を眺めるだけでし

た。このセリフの背後には、岡田にして、なぜ恋の逃避行をいたのかという思いを

思い起こさせます。現に、岡田さんは、そのために大変な苦労をなされたわけで、

観客は、そのことをきっと想像したにちがいありません。

  ここが、この映画の前半の山場です。この岡田嘉子さんのように、長い人生にお

いては、なぜあんなことをしてしまったのであろうかと思うことが、だれにもあるの

ではないでしょうか。私にとっても、マイクロバブルの事例に限定しただけでも、そ

のようなことはいくつもあります。いくら、マイクロバブルに期待しても、そのように

ならないときがあり、それが成就できなくて失敗した経験はいくつもあります。

 大切なことは、その失敗を次に生かすことであり、そ失敗数が多いほど、その次

には成功する可能性が待っています。ところが、寅には、それがなく、辛い思いを

してしまうことを余儀なくされてしまいます。そこが、ある意味で映画の良いところで

もあり、観客も思わず同情してしまうのですから、人情の機微は複雑です。

 さて、その竜野の物語は、後半戦へと移っていきますが、ここからが意外な展開と

なります。

                                         (この稿つづく)