周知のように,地球上の窒素は,土壌,微生物,動植物の間をぐるぐると周って
いて,これは「窒素循環」と呼ばれています.たとえば,植物の体内には硝酸塩が
含まれていますので,それが死ぬと,その死骸内には窒素が存在し,それが残っ
て自然に返されるということになります.
また,この大気中の窒素はさまざまに利用されています.
その第1は,細菌による「窒素の固定」と呼ばれています.これはマメ科植物の根
に寄生する根粒菌によるもので,窒素をアンモニアに変換するシステムを有してい
ます.
第2は,工業的な窒素固定法であり,これによって無機質の肥料が生産されるよ
うになりました.これが,有名なハーバー・ボッシュ法と呼ばれるもので,1913年に
学問的な確立がなされました.これは,大気中の窒素と水素を高温高圧下で反応
させることによってアンモニアを造る方法でした.当時は,硝石からアンモニアや硝
酸を造る方法しかなく,その資源がなかったドイツとしては,この工業的窒素固定
法の確立は国家的課題でした.ハーバーさんが考えた方法をボッシュさんが工業
的に確立していったのですが,当時としては,300気圧,約500℃の反応装置を
技術的に完成させることは大変なことで,それには粘り強い努力が必要でした.
第3は,化石燃料を燃やすことによって大気中に窒素酸化物が発生させたことで
した.高濃度の窒素酸化物の発生は,動植物に少なくない影響を与え,それが,窒
素酸化物の悪いイメージとして定着していきました.しかし,このイメージを根本的
に覆したのが,イグナロさんらテキサス大学薬学部のみなさんでした.かれらは,
その一酸化窒素が神経伝達物質であることを見出し,それが微量であれば,活性
物質になることを付きとめたのでした.
昔から,ニトログリセリンが心臓の血管拡張剤として用いられたことはよく知られ
ています.ノーベル賞を創設したノーベルも心臓が悪く,それを服用していたようで
す.このニトログリセリンが生み出す一酸化窒素が血管拡張剤としての機能を発揮
し,それが神経伝達物質でもあることが明らかにされたのです.彼らは,その功績
によって1998年にノーベル医学生理学賞を授与されますが,その翌年には,その
受賞者の一人であるムラドさんが開発され,世界中で有名になった薬が「バイアグ
ラ」でした.
第4は,雷によって窒素酸化物が発生することです.雷の多いところでは,植物の
育ちがよいということをよく聞きますが,この窒素酸化物が植物の代謝に良い効果
をもたらした可能性があります.
以上のように,窒素の固定には,いくつかの方法がありますが,いずれも重要な
資源としての窒素を巧妙に利用しようとしたシステムや発明といえます.また,その
ことを考える際に,前二者においては,それが還元反応,後二者のおいては酸化
反応であるという相異が存在していることも注目されます.
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