岩国市の村重酒造に着いて,まず,吃驚したのは,直径6mの大杉玉の「玲瓏(れいろう)」が聳えていたことでした.
杉は殺菌能力があり,昔から酒造りにはなくてはならない木材であったことから,その玉をつくって酒屋の前に吊るし,新酒ができたことを知らせる風習がありました.
この風習を守り,さらに酒造りの景気をよくするために,この大杉玉づくりがなされました.
辞書を紐解けば,この「玲瓏」とは,「玉などが透き通るように美しいさま.また,玉のように輝くさま」とあります.
まずは,その大杉玉を見てみましょう.約半年ぶりの訪問でしたが,本社の店舗が改装されていることが目を引きました.
大吟醸酒の「錦」をはじめとして,ほぼすべての酒の陳列棚ができ,他にも,酒の入ったアイスクリームや携帯電話のストラップなどが売られていました.お客様対応の工夫の跡が見られた改装になっていました.
今回は,昨年からの新酒づくりが進行していましたので,丁度よい季節柄の見学となり,その新酒づくりの全ての工程を詳しく説明していただきました.
周知のように,日本酒づくりは,「酒米」と呼ばれる特殊な米を用い,それを発酵させることによって行われます.
この工程は,米作り,米の洗浄と蒸し,麹を用いた発酵,母酒づくり,仕込み,酒としての仕上げなどがあります.
この仕込みまでの過程のそれぞれを見学しましたが,この過程で印象に残ったのは,酒麹から発酵する何ともいえない「香り」でした.この独特の香りは,麹をいかに苛めるかによって生まれるそうで,ここが杜氏の腕の見せどころといえます.
もうひとつは,酒造りの工房の何箇所かに,赤い「フェラーリ」の車の写真が飾られたいたことで,これは面白いなと思いました.
「どうして,フェラーリの写真を飾っているのですか?」
こう尋ねると,説明役の福光さんが「にやり」と微笑みました.
「これは杜氏の考えといいますか,趣味でもあるのですよ」
そこで,そのことを杜氏の日下さんに,その理由を尋ねてみました.
酒造りは,少人数が一か所に寝泊まりして四六時中酒を注意深く監視をしながら行われます.それだけ,大変な作業の連続であり,現に,この酒造りグループは正月に1日だけ休みを取ったといわれていました.
それだけ真剣な作業の繰り返しなので,ほんの一時だけでもいいから,ほっとしたときに,フェラーリの写真を眺めて,みなさんと自分の「こころ」を和ましたい,これが杜氏の「思い」でした.
数カ月間,こもりっきりで,酒造りを行い,その苦心の末に,あのすばらしい酒が出来上がるのです.
幸いにも,マイクロバブル技術を駆使して,大吟醸酒「錦」は,初の三冠(全国酒類コンクール第1位,モンドセレクション最高金賞,全国新酒鑑評会金賞)を受賞しました.
この栄冠の陰には,このようにとてつもない努力と精根が込められていたのです.ですから,酒どころの高知や新潟の酒好きの方々でさえも,この酒を飲むと感嘆し,「まいりました」といわざるをえなかったのです.
同行のHさんによれば,この錦は日本一「値段が高い酒」だそうで,それでも,お歳暮前に売り切れてしまって,今はどこにもないという状況が生まれています.
また,逆に,値段の安い酒は,一段と飲まれなくなり,どこも在庫を抱えて苦心しています.これらは,酒造りの今後の在り方を示唆している重要な現象と問題であると推察されます.
話は,その努力の成果に戻りますが,そのような尽力と苦労の傾注がなければ,このような偉業は達成されないのです.一連の見学を終え,杜氏と今後の酒造りについて意見交換をさせていただきました.
今年も,その偉業の連覇に対する挑戦が始まっていました.この挑戦は,あの大杉玉に纏(まつ)わる言葉が示すように,美しく輝いていました(つづく).
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