小さな個人経営の雑貨店であろうか、そこで食べ物を買おうとしている若者がいた。身なりからすると、どうやら貧乏学生らしい。

 奨学金と母の内職の仕送りでようやく大学生活が過ごせているらしかった。その若者は、そこで何か食べ物を買おうとしていたようであった。

 お金は大丈夫、胸のポケットに紙幣が何枚か入っていた。

 「あれと、これをください」

 何を買ったかは、定かではないが、その店を出て、その若者は、自分がカバンを置き忘れたことに気付いた。

 あわてて、その店に戻って探したが、目当てのカバンはなかった。父にもらった大切なカバンであった。

 「この店に置き忘れたのではない」

 記憶をたどると、この店に来た時には、すでにカバンを持っていなかったことに気付いた。

 「そうであれば、カバンは、大学のキャンパスに忘れてきたのか?」

 大学に、急いで戻ったが、その愛用のカバンは見当たらなかった。探し物がなかったかと、事務室にも聞いたが、拾得物のなかにはなかったとのことだった。

 このカバンのなかには、大切なものがいくつも入っていた。今払い戻したばかりの現金も入っていた。それに、父からいただいたカバンを無くしたことが一番悔やまれることであった。

 この大きな革のカバンは、いつしか私のトレードマークのようになり、「黄色いカバン」といえば、わたしのことだと思われるようになっていた。

 「どうしようか? 本当に無くしたようだ!」

 こう思いながら、途方に暮れていた。その若者は、私であり、いつのまにか、それが意識のなかで明確になっていた。

 そういえば、いつのことであったろうか。現金で1万円を無くし、真っ暗になるまで大学のキャンパスを歩いて探したこともあった。あすからまともに物が食べれなくなると思うと悔しかった。

 この時も、そのお金は見つからなかった。15日分、節約すれば1カ月分の食費に相当するお金であった。

 カバンが見つからなかったので、ついでに、別のときにお金を無くしたことも思い出して、わたしは、さらに悲嘆にくれていたのである。

 「これから、どうしようか」

 ここで目が覚めた。それは夢であり、カバンは無くしていなかった。現金も、大切な書類も無くしておらず、すべて夢のなかの出来事であったことから、それらも存在しなかった。

 「夢でよかった」

 夢のなかなのに、カバンを無くしてなかったことに安堵した。

 「ああ、よかった」

 時々、このような夢をみることがある。たいがい、この夢のように、どちらかといえば、否定的内容が多いようだ。

 そして、夢から覚めると、きっと「夢でよかった」と安堵するのである。

 しかし、この安堵は、夢のなかだけのことではなく、日常の現実のなかでも、そう思うことが少なくなく、最近は、その思考回数が増えてきたようにも思える。なぜであろうか。

 簡単にいえば、一見悪いことが起きたと思っても、そのことをよく考えてみると、じつはそうではなくて、「そんなに悪いことではない。かえってよかったかもしれない」と思えるようになってきたようである。

 こうなると、一見、よくないこともよいことと考えるのだから、そこに余裕が生まれてくる。森政弘先生流にいえば、まじめでもなく、ふまじめでもなく、「非まじめ」対応が可能になったということであろうか。

 そこで、本日見た夢を、「非まじめ」思考で考えてみると、これは、何かよいことが起こる「前触れ」ではないかと考えてしまう。そういえば、こんな夢を見た後には、よいことがいくつも起こっていたような気がする。

 無くしたと思っていたカバンを夢で無くしていたのだから、夢のなかでのマイナスが夢から覚めて現実にもどり、無くしていなかったというのだから、これはゼロになったことを意味する。

 マイナスがゼロになったのだから、差し引き、「プラス」になったと考えることができる。そう考えれば、「気分前向き」になれるということになりそうである。

 しかも、そのカバンは、すでに使いすぎてボロボロになり、使えなくなって、それをどうしたかも忘れてしまった。その次のカバンも長持ちしていたが、これも修理が効かないほど使いこなしてしまった。

 そして、今は、それらのカバンはない。残っているのは記憶のなかだけであり、その思いで深いカバンが夢のなかで出てきたことだけでもよいことであると考えたほうがよい。

 「非まじめ」思考とは、このようなものかもしれないと妙な納得をした。

 そろそろ、マイクロバブル風呂のお湯がわいたころである。この夢の続きは、風呂のなかで考えることにしたい。

 あの重要書類の中身は何であったか? あの現金はどうなったか? あの貴重なカバンはどこにいってしまったのであろうか? 拾ったといってだれかが届けてくれるのであろうか?

 こう考えると、マイクロバブル入浴をますます楽しめそうである。

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