マイクロバブル博士の「マイクロバブル旅日記」

本「旅日記」で、マイクロバブルの科学と技術に関する難しい情報をやさしく解説し、深く考えることによってマイクロバブルの物語をよりおもしろくします。また、それをゆかいに展開させていきます。これが、あたかも燎原の火のように、それこそ、国境を超えて、どこまでも広がり、国民生活と産業に深く分け入ることで、マイクロバブル社会が形成されることをめざします。

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わらしべ

青侍は、脱水症状を起こして意識朦朧となっていた高貴な女性に、自発的に蜜柑を差し上げることによって、彼女の危機を救いました。これには、彼女も家来たちも大喜びでした。そして、そのお礼として、持ち合わせていた高級な白布を3疋いただくことになりました。この3疋とは

青侍は、いただいた「大きな蜜柑3つ」を紙に包み、それに縄をかけて棒で挟み、それを肩に担いで歩いていました。すると、道の傍らに、高貴な奥方が倒れていて、今にも気を失いそうになっていました。どうやら「おしのび」の道中らしく、傍らには大勢の家来が控えていました
『わらしべ考(8)』の画像

奈良県桜井市に建立されている総本山長谷寺のホームページにある境内、十一面観音像を拝見しますと、当時の寺の栄華と、その影響力がいかに強大であったかを容易に推測することができます。このなかに、観音立像を拝観している人の写真があります。その観音様の足部や杖の一
『わらしべ考(7)』の画像

2013年4月1日にK病院を退院することができました。その後、リハビリ通院をしながら、生活リハビリを行っていました。たしか、その夏だったと思います。今やマイクロバブル仲間になったHさんが、そのK病院を訪問され、私どもとの共同研究の実験の様子を見学したいという申し入
『わらしべ考(6)』の画像

入院中のリハビリは、午前中にO先生、午後からS先生という具合で行われました。しばらくして解ったことですが、この両先生が同じ患者にリハビリを行うことはないそうで、私の場合は、特別の配慮がなされたようでした。午前中のO先生には、体力の回復とともに、徹底的に足の筋

セラピストのO先生との竹田の名物話は、その後も延々と続き、食べ物の話をしながらリハビリを受けたので、互いに腹が減るということまで起こるようになりました。そして退院後の現地でも、この食の検証を行わせていただき、それが間違いないことを確かめました。これらのゆか

私は、大分県N市のK病院に、マイクロバブル仲間で元NHKカメラマンのK1さんの紹介で入院させていただきました。このK1氏と同病院のK先生は古くからの知り合いでしたので、その入院が可能になったのだと思いますが、じつは、そこがどのような病院なのかも知らないままでの入院

「わらしべ考」を続けます。この昔話の主人公は青侍です。青侍とは、若くて貧乏な侍のことです。彼は、親兄弟が誰もおらず、天涯孤独の身で、赤貧に喘(あえ)いでいました。「これまで、ちっともよいことがなかった。なぜ、こんなに貧乏で苦しいのか?」それこそ観音様に縋

また、❺については、手術後は、もっぱらリハビリで体力を回復することしかなく、それ以外の時間がたっぷり確保できたので、精神的な黙考や読書を思う存分にすることができました。そのうち、この精神的作業が、いつのまにかより進むようになり、以下の課題に取り組むことに

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