マイクロバブル博士の「マイクロバブル旅日記」

本「旅日記」で、マイクロバブルの科学と技術に関する難しい情報をやさしく解説し、深く考えることによってマイクロバブルの物語をよりおもしろくします。また、それをゆかいに展開させていきます。これが、あたかも燎原の火のように、それこそ国境を超えて、どこまでも広がり、国民生活と産業に深く分け入ることで、マイクロバブル社会が形成されることをめざします。

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記念シリーズ

引っ越し荷物を整理している際に、昔の学生の卒業研究の資料が出てきました。彼らの名は、N君とH君でした。 いずれもよく記憶に残っている学生で、その時のことを思い出させるノートやデータ、それから卒業研究の草稿などの数々でした。 今となっては、思い出を探るだけ

大分県国東市に移り住んで約3カ月が経過し、ようやくこちらの事情と住み具合が明らかになってきました。 最初の1ヵ月は、引っ越し作業に追われて過ぎました。2か月目からは、こちらに持ち越してきた原稿書きに追われてしまいました。 そのひとつが、つい最近刷り上がって

四周年記念として取り組むことの最初は、マイクロバブルとマイクロバブル技術の体系化の仕事でした。 これについては2つのセミナーを5月と6月に開催して、その作業がいよいよ始まったように思います。 これからも、この実践型で、進めていくことが確実な方法かもしれませ

ホームズの「作業仮説」とは、殺人現場において犯人をつきとめ、失踪した馬シルバー・ブレイスを探しだすためのものでした。 すでに、警察は十分に現場検証を行い、各方面へ手をつくして探索を行っていました。 それでも、犯人と馬の行方がわからないままで、それゆえに

いつのまにか,四周年記念の記事が,シャーロック・ホームズの話なってしまいましたね. すでに予定していた内容の合間に,この探偵冒険者が割り込んできています. 最初は,この冒険物語の結末が知りたくて,次々に新しい物語を見続けていました. しかし,最近は,こ

シャーロック・ホームズの特徴は,その科学的な目と精神にあります.物語の冒頭では,ホームズが化学実験を行っているシーンがよくあります. また,刺青についての論文を書いたこともあり,彼の推理の源には,この科学的精神が宿っています. これに関連して,相棒のワ

ブログ開設四周年を記念して,なにかそれにふさわしいことはないかと思案をしていたら,「そうだ,自分で楽しくしたらよい!」と思い,念願のDVDを購入することを決めました. このDVD収集癖は,ある高専の先生から影響を受けたもので,徐々に,その良さを理解し始めてはい

「マイクロバブルの科学と技術の体系化」,おそらく,これには膨大で気の遠くなるような作業と粘り強い意思・持続力が必要とされるでしょう. まずは,「隗(かい)より始めよ」でしょうか. この諺(ことわざ)の意味は,「遠大な事をするには,まず手近なことから始め

マイクロバブルの科学と技術の体系化を行うことが,なぜ重要なのか.それは,それを現実に生かすとともに,将来に残すことに意味があります. マイクロバブルは未来材料であり,未来に生き続ける技術であることから,それは「未来技術」ともいえます. おそらく,100年,

4年前の5月7日に本ブログを開設しました.本日は,その4周年記念日にあたります. こうして長い年月にわたって毎日記事を更新できたのは,マイクロバブルとみなさまがたのご支援と励ましの声があったからこそであり,心より深く感謝申し上げます. この4年の歳月を振り返

連鎖反応とは、一つの反応が次々に新しい反応を起こすことをいいます。化学の場合は、これを引き起こすには、所の主役となる物質そのもの、温度や圧力など周囲の条件、それを手助けする触媒(しょくばい)などが必要になります。 これを社会的な反応に適用しますと、その主

読者のみなさまへ(2) また、日本列島に寒波がやって来ようとしています。この寒さとともに体調を崩される方々が少なくありません。みなさまも、どうかお身体に気をつけください。 昨日の続きです。先日、ある市長さんから直接電話を受け、長話をしたことを紹介しました

読者のみなさまへ 寒い冬の季節ですが、いかがお過ごしですか。木枯らしが吹き、雪が舞う厳冬の状況は季節のみならず、すさまじい規模のリストラの冬も同じですね。 世界的な経済危機が忍び寄り、ギリシャからポルトガルへ、この危機の波は、いつ日本に押し寄せて来るか

マイクロバブル技術の海への適用、これには、「条件適応の原理」が成り立つと思います。 この原理は、外的な海に関する条件と内的条件としてのマイクロバブル技術が一致したときにのみ成長できるというものです。 その具体的な条件の一致について考察をしていきましょう

ご周知のように,大津波で破壊された多くの地域は漁業で成り立っています.それこそ,海岸線の狭い土地に,へばりつくように村や町が形成されてきました. それは,その眼前に宝の海があり,たくさんの魚介類を水揚げすることができたからです.加えて,港の周辺には,その

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