マイクロバブル博士の「マイクロバブル旅日記」

本「旅日記」で、マイクロバブルの科学と技術に関する難しい情報をやさしく解説し、深く考えることによってマイクロバブルの物語をよりおもしろくします。また、それをゆかいに展開させていきます。これが、あたかも燎原の火のように、それこそ国境を超えて、どこまでも広がり、国民生活と産業に深く分け入ることで、マイクロバブル社会が形成されることをめざします。

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おもしろく

1998年に広島湾で起きたカキの大量斃死の現象と、ほぼ同一の現象が、今度は、陸奥湾で起こった、これが私が最初に抱いた印象でした。 そこで、この問題の類似点および相違点を以下に示すことにしましょう。 発生時期  場所  養殖生物  被害総額  定量斃死の原

小説『日本沈没』のなかに登場した田所雄介博士が明言した「鋭く、大きな直観」を、だれもが持つつことを必要とする時代がやってこようとしています。 田所博士が日本沈没を予測した時代は、1970年代の中ごろ、高度成長を終えた日本がオイルショックや公害問題を抱えて、や

二度目の「コーカイ」は、一度目のわずか1.5日で終わるという「コーカイ」をしないために、用意周到に準備がなされる必要があった。 思えば、その最初の重要な大統領の任務を担った方も、作家という文化系であった。 人がよすぎて、周囲の影響を受けやすいという軽さで、

彼との議論の核心の問題に戻りますが、一番大切なことは、若手が、実際に、どのようにして成長するのか、そのために何をすればよいか、ここが焦点の問題だったのではないかと思います。 かつて、この問題に関しては、いろいろな方々と心を開いての議論をしたことがありまし

本日は、久しぶりに早朝の緑地公園にいます。昨日は雪が降っていましたが、本日は快晴、暖かい冬の一日になりそうです。 おまけに、今朝は早く目覚めてたっぷりマイクロバブル入浴を済ませてきましたので、いまだ身体が温かく、おかげで本ブログ記事もそんなに苦労なく書け

さて、その「C先生の希望」から紹介させていただきましょう。 すでに、学生の前で「8年間考え続けてきたことが、ようやく解決しました」、このように語られていたことを書かせていただきました。 「8年?長いな!」と思い、「やはり、人並み以上のことだとすれば、それだ

サンタマリア号の船長が、第二の「コーカイ」において立てた計画の骨子は、次の通りであった。 ①乗船人員には、自由、独立、博愛と平和の精神を尊ぶ方々のなかから、その希望者を募集する。 ②乗船人数は約3万人とする。 ③乗船期間は原則として3年間とし、希望者には

昨年末以来、マイクロバブル風呂に「籠る」ことが、しだいに習慣化してきました。 パソコンを相手に仕事をしていますと、相当なストレスが出てきますので、それをし終えてから、その疲れをいやすため、そして、かなりストレスを要してしまう仕事をするために、マイクロバブ

素直で、何事においても、時間を十分にかけながら、最後には、それを実現していく、これがB君のスタイルでした。 これとよく似ていたのが、ある2歳の娘さんがハエをつかむ方法でした。 窓ガラスに止まっていたハエを指で捕まえるという離れ業は、指を止まっているように

じつは、昨年末から今年の正月元旦からの三日間にかけて、私が籠った空間はマイクロバブル風呂のなかでした。 なにせ、そこで長編小説を読むのですから、1回の入浴時間が1.5~2時間と、いつもより約2倍に増加、一方で入浴温度は39℃に維持し、低温入浴としました。 そ

まず、第二の「コーカイ」をする際に、もっとも問題になったのが、その乗船人数であった。先の「コーカイでは、多彩な顔ぶれだったといっても、その数はせいぜい十数人だった。 これだと水も食糧もなんとかなる、文化系出身の作者も、「なんとかなるのではないか!」と思わ

今年もたくさんの方々から年賀状をいただきました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。 さて、そのなかに「ブログを読んでいます」、「なにかよいヒントが得られないか、楽しみに読んでいます」、このような内容のものがいくつかありました。 こうなると、その愛読や

時間をかけてじっくり、そして着実にハエに近づいていく、そうするとハエの方は、その指が近づいてきていることを感知できない、そこでやすやすと捕まってしまうのです。 ヒトの成長も同じで、すぐには、それを目で見ることができないので、その目標に向かってゆっくりと、

「天与の賦」とは、「天が与えた才能」ともいうべきものです。このような能力は、最初から備わっているわけではなく、徐々に育てられていくものです。 それは、童話の「わらしべ王子」によく似ていて、自分が選択した道において自らを生かし、成長していくことを可能とする

すでに、最初の航海が開始されたのが1964年であったことは先に紹介させていただいた通りである。 この年には東京オリンピックがあり、その最終日のマラソンの時には、多くの小中高で授業が午前で終わり、帰ってテレビでマラソンを見なさいといういきな「はからい」がなされ

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