マイクロバブル博士の「マイクロバブル旅日記」

本「旅日記」で、マイクロバブルの科学と技術に関する難しい情報をやさしく解説し、深く考えることによってマイクロバブルの物語をよりおもしろくします。また、それをゆかいに展開させていきます。これが、あたかも燎原の火のように、それこそ、国境を超えて、どこまでも広がり、国民生活と産業に深く分け入ることで、マイクロバブル社会が形成されることをめざします。

マイクロバブル博士の「マイクロバブル旅日記」 イメージ画像

旅行

 昼ご飯を済ませて、再び、病院施設Nに向かいました。 「少し、途中で立ち寄る時間がある?」 「ありません」 つれない返事でした。 「そう?『もち吉』に寄りたいのだけど・・・」 こういうと運転手の態度が、がらりと変わりました。 そこに好物のものがあったからで
『中津市にて(2)』の画像

 本日は、雪景色の中、早朝から中津に出かけました。 途中、南側に雪化粧した鶴見岳、由布岳の遠望がすばらしく、しばし車窓から見惚れていました。 聞くところによれば、全国的に寒波が襲来しいるようで、それが日本の地中海、国東半島にも及んでいました。 車は、速水
『中津市にて(1)』の画像

 相生での46mの大窯による実験においては、次の相反する結果が出ました。 ①完全に冷え切らないうちに、窯を開けたために、大甕の半分以上がひび割れてしまった。 ②思いもよらない「白備前」が出現した。 この②の出来事は、森先生にとって、①の失敗を十分に補うことが
『「メッセージ(RSK地域スペシャル)」を観て(6)』の画像

 若き備前焼き作家の森陶岳氏が、「古備前」の伝統の大壁の前で立ちつくして行き詰ったのが30歳代の半ばのことでした。 ーーー この壁をどう乗り越えていけばよいのか? 悩んだ末に、彼が到達したのは、とにかく古備前と同じサイズの大窯を建設して、それで試すしかない
『「メッセージ(RSK地域スペシャル)」を観て(5)』の画像

 若き備前焼き前衛作家の森陶岳の前に立ちはだかったのが、「古備前」の大きな壁でした。 備前焼きは、明治以降になってから、それまでの集団による窯焼きから、個人による小さな窯焼きへと変化していきます。 それは、織田信長や千利休、そして岡山の池田藩という後ろ盾
『「メッセージ(RSK地域スペシャル)」を観て(4)』の画像

 ここで、放送は、森先生の経歴を辿って、若かりし頃に迫っていきます。 なぜ、巨大窯に挑むようになったのか、そのルーツを明らかにするためです。 森先生は、備前焼六姓(木村、金重、森、寺見、大饗、頓宮)の窯元の家に生まれました。 この六姓窯元とは、江戸時代に
『「メッセージ(RSK地域スペシャル)」を観て(3)』の画像

 寒風新大窯づくりの工事が実際にはじまったのは2000年、そこから足かけ6年の歳月を経て、この大窯が完成しました。 この窯の建設法は、「半地下式」と呼ばれ、左右を土手で囲み、文字通り窯の下半分は、地下に置くというものでした。 また、このアーチ構造は、3重の煉瓦
『「メッセージ(RSK地域スペシャル)」を観て(2)』の画像

 先日、友人のMさんから山陽放送テレビ(RSK、岡山)の録画ビデオが送られてきました。 そのタイトルは、「世界最大の窯で備前焼は・・・~森陶岳古備前に挑む~」でした。 この「寒風新大窯」に挑んだ作家は、森陶岳先生(本名は才三)、このシリーズでは「X先生」として
『「メッセージ(RSK地域スペシャル)」を観て(1)』の画像

先日、BS朝日の「アーツ&クラフツ商会」という番組において、「備前焼」についての放送がなされていました。興味深い内容でしたので、これを録画して、再度視聴を行いました。備前焼きは、もともと日用雑貨の焼き物としてスタートし、そのルーツは古墳時代にまで遡るのだ
『「備前焼」(BS朝日TV・アーツ&クラフツ商会)を視聴して』の画像

昼食後、豊平を出て、再び広島北インターから山陽自動車道で山口県下松市に向かいました。ここには、Tさんがおられます。長い間、闘病生活とマイクロバブルを用いたリハビリ生活を繰り広げて来られた方です。この間、彼にはマイクロバブルに関する数々のエピソードがあり、

朝食終えてから、福山を出発し、車で北広島インターに向かいました。ここから降りて、約15分で、Kさんと待ち合わせの場所に着きました。そして、彼の車でエスコートしていただき、約10分で豊平町にある彼の仕事場に着きました。かつて一度、ここを訪れたことがありますので、

翌朝は、K1さんと一緒に駅構内にあるドトールで朝食をいただきました。いつものことながら、いろいろな話をして、そのなかに、私のブログ記事に関する次の会話がありました。「先生、『マイクロバブル博士』のブログを楽しく読ませていただいています」「ありがとうございま
『旅日記(瀬戸内、福山、東広島、下松)(11)』の画像

これまで、備前の七不思議について検討してきましたが、それらをより深く考えてみることの重要性が明らかになってきたように思われます。X先生の信条は、「備前は科学である!」という言葉で表現されていますが、この言葉の通り、より新たな科学的究明を踏まえて、この七不思
『旅日記(瀬戸内・福山・東広島・下松)(10)』の画像

7.使うことで落ち着いた肌ざわりいよいよ、備前の「七不思議」も、最後の項目になりましたが、この項目は最後を飾るにふさわしいといえるでしょう。古くから、備前焼は生活用品として使用されてきました。最初はざらざらした感触の備前焼が、使い込まれるにしたがって、角が
『旅日記(瀬戸内・福山・東広島・下松)(9)』の画像

6.花瓶の花が長もち備前焼は、酒や醤油、ワイン、ウイスキーなどの味や香りを改善するといわれています。長い時間をかけて多くの人々が、それを確かめることで、このようにいわれるようになったのでしょう。そうであれば、水も同じで、水がよくなることによって、花瓶に生け
『旅日記(瀬戸内・福山・東広島・下松)(8)』の画像

↑このページのトップヘ