マイクロバブル博士の「マイクロバブル旅日記」

本「旅日記」で、マイクロバブルの科学と技術に関する難しい情報をやさしく解説し、深く考えることによってマイクロバブルの物語をよりおもしろくします。また、それをゆかいに展開させていきます。これが、あたかも燎原の火のように、それこそ、国境を超えて、どこまでも広がり、国民生活と産業に深く分け入ることで、マイクロバブル社会が形成されることをめざします。

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博士が愛したマイクロバブル

 教育者吉田松陰のすばらしさは、自らに偽りなく、思うことを語り、それを実行しようとした、すなわち、志を遂げようとしたことにあります。 この自らの志は、塾生にとっても同じことであり、その平等主義を示す言葉として、互いに、「僕は、僕たちは」という用語を初めて
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 吉田松陰の教えに因んで、「国東下村塾(くにさきかそんじゅく)」の看板をいただいて3年。 地元の方々と地元の問題の解決に取り組む活動が発展し始めまし た。 この29日には、第4回マイクロバブル研究会を開催します。 この研究会は、地域の課題をみんなで解決していく
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 この1年を振り返ってみますと、前回に記した2つの課題のほかには、主に、次のようなシリーズものがありました。 1.私のマイクロバブル入浴研究 2.国東の食環境 3.植物との対話、植菜物語 4.高専の50年問題と高専危機 5.食品・飲用分野におけるマイクロバブル技術
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 昨年の10月15日、病気のために、しばらく中断していた本ブログを再開させていただきました。 それから1年が過ぎました。 先ほど、その1年にわたる記事を振り返ってみましたが、その度に、その頃の思い出が鮮やかに蘇ってきました。 こうしてみると、この1年間にわたって
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前回までは、私ことマイクロバブルが収取して、自ら小さくなっていくことを基本として、それに伴う現象について述べてきました。この現象に関係して、非常に重要なことは、私の身体の収縮に伴って、その身体が熱くなっていくことにあります。もともと、私が生まれた直後は、
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そこで、小さな隙間の問題において、もう少し深く分け入ってみましょう。その典型例として炭を選ぶとすると、ここには小さな隙間が無数に形成されています。この隙間、すなわち細孔には、モノを吸着するというふしぎな性質があります。炭が臭いを取る、あるいは、各種の汚れ
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私どもが、モノに浸透し、通過していく際に重要なことは、単に、私ども自身が通過するのみではないという問題があります。たとえば、水中で何百枚かの金属板をぴったり合わせ状態があるとしましょう。ぴったり合わさっていたとしても、そこには接合する金属板の間には隙間が

台風一過、本日は初夏を思わせる暑さで、中庭で、植物の世話をしていました。植物とはふしぎなもので、自分では何もできないのですが、それと親しく付き合っていくと、なにかしら、そこに特別の関係ができてくるようで、やはり、ヒトにとっては、なくてはならないもののよう

私はマイクロバブル、今度は、どこに分け入ることにしましょうか。私が生まれた時の身体の大きさは25~30㎛(1㎛は千分の1㎜)であり、その後は、短時間に身体を縮小させていきますので、どんな小さな隙間にも入っていくことができます。小さな隙間があるもの、この代表例は

生物にやさしい、親和できる、これが、私たちマイクロバブルの最も重要な性質です。もともと、私どもが生まれたときの身体の大きさは、25~30㎛(1㎛は千分の1㎜)です。これは、生物の細胞の平均的大きさの約半分です。しかも、私どもは、このサイズから大きくなるのではな
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周知のように、超音波の世界は、数十キロヘルツの周波数で振動することを特徴としています。この場合、数十キロヘルツとは、数万分の1秒程度の短時間で振動する周波数のことをいいます。この1周期を考えると、ここでは、気泡の膨張と圧縮が繰り返されています。この圧縮の過
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本日は、温かい春日和、庭の野菜たちも気持ちよく成長しているように見えます。昨日は、久しぶり安岐港の魚の競りに行きましたが、あいにくの時化のために競りが開かれていませんでした。そのため、「国東魚便(仮)」の第1回は延期になりました(詳しくは、「国東の食環境」
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長い間、マイクロバブルの研究をしていると、すなわち、いつもマイクロバブルのことを考えて生活をしていると、私自身がマイクロバブルになったような気分に陥ってしまうことがあります。思えば、微細な気泡の研究に約15年、運よく1995年にマイクロバブル発生装置を開発して
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足かけ7年、いよいよ待望の2000回がやってきました。ブログ開始が2008年5月9日、途中2013年1月から約1年半の中断を経て、紆余曲折のなか、ここまでようやく漕ぎつけることができました。この間、東日本大震災、38年間務めた大学と高専における定年退官、家の新築、そして大病
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長い間の官舎暮らしから、遅ればせながら新居を持つようになり、ついでに風呂も新しくつくることになりました。 このきっかけは、昨年、東日本大震災支援プログラム大船渡プロジェクトで度々大船渡に訪れていた際に、廣洋館の特別室に安く泊れたことでした。 このとき、

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