マイクロバブル博士の「マイクロバブル旅日記」

本「旅日記」で、マイクロバブルの科学と技術に関する難しい情報をやさしく解説し、深く考えることによってマイクロバブルの物語をよりおもしろくします。また、それをゆかいに展開させていきます。これが、あたかも燎原の火のように、それこそ、国境を超えて、どこまでも広がり、国民生活と産業に深く分け入ることで、マイクロバブル社会が形成されることをめざします。

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学会

 K病院の大ホールには、理事長、院長、副院長のみなさんをはじめとして100名近くのスタッフが参加されていました。 この病院は、常に研究開発に熱心で、このような講演会を年中開催されていますので、私も、丁寧なスライドづくりと講演発表に尽力することになりました。 
『中津から院内へ(2)』の画像

 昨日は、朝の2時起き、大分県中津市にあるK病院において講演を行うための準備を始めました。 これは、昨年のマイクロ・ナノバブル学会での講演を、再度、同病院においても行っていただきたいという要請を受けたことから、相棒のYOとともに揃って講演を行うことになりまし
『中津から院内へ(1)』の画像

    未だ、第二仮説の説明が不十分なままですが、これにより深く分け入ってしまうと、しばらく、そこから抜け出せなくなりますので、ここは、ひとまず通過して、第三仮説について述べることにしましょう。   ③第三仮説: これは、第二仮説とは異なって、全く未知のナ

    それでは、前記事において示した3つの溶解パターンについて、より深く分け入ることにしましょう。   ①第一仮説: これは、マイクロバブル内の気体成分がすべて溶解して液化してしまうというパターンです。当然のことながら、ナノサイズのバブルさえ無くなってしま
『マイクロバブルとナノバブル(7)』の画像

    本日は、上記「マイクロバブルの特徴」で示した「溶解」についての考察を進めることにしましょう。 じつは、「溶解とは何か」について、ある学会において大議論が毎回なされるということを耳にしたことがあります。 当時、この話を聞いてから、私も「溶解」という

   しばらく中断していましたが、本シリーズの執筆を再開させていただきます。 本日は、いよいよ上記の③と④の本質的に重要な特性についての検討に分け入ることにしましょう。 少し前までは、ナノバブルについては、その数は非常に多いものであり、それが、時間的には、
『マイクロバブルとナノバブル(5)』の画像

   前記事に続いて、上記②と③についての考察を行うことにしましょう。 これまでのナノバブルに関する研究成果を総合しますと、次の特徴が認められます。 ➊マイクロバブルと比較して圧倒的にナノバブルの数が多い。しかも、その数はあまり変化しない。 ❷かといって、
『マイクロバブルとナノバブル(4)』の画像

   前回の記事より、だいぶ日数が過ぎてしまいましたが、マイクロバブルとナノバブルの相互関係に関する考察により分け入ることにしましょう。 この考察を行うために、最新のナノバブルに関する成果を私なりにまとめてみると、上記6点のようになります。  また、上記の
『マイクロバブルとナノバブル(3)』の画像

 ナノバブル、すなわちナノメートルサイズの気泡に関する最近の研究によって、その可視化された実像が明らかになってきました。 しかも、それが、ナノバブルであるかどうかは、それを引っ掻き棒みたいなもので触って、その柔らかさを確かめて判定されているようです。 な
『マイクロバブルとナノバブル(2)』の画像

 昨年12月に開催されたマイクロ・ナノバブル学会の第4回学術総会の内容は、久しぶりの学会参加ということもあって、私なりに、とても刺激的でした。 そこで、これまでの学会での報告記事を引き継ぎ、それを発展してみようと思うようになりました。 また、その考察に加えて
『マイクロバブルとナノバブル(1)』の画像

 昨年12月13日に、明治大学においてマイクロ・ナノバブル学会の第4回学術総会が開催されました。 私は、その冒頭で基調講演のひとつをさせていただきました。 その後、すべての一般講演も拝聴させていただき、マイクロ・ナノバブル研究の現状を理解させていただくことがで
『マイクロ・ナノバブル学会第4回学術総会(6)』の画像

 新しい年を迎え、みなさまにおかれましては、ご幸福の正月をお過ごしのことと思われます。 どうか、今年もみなさまにとって、楽しくて、ゆかいな1年でありますように祈念いたします。 さて、昨年は、年の瀬を迎えるなかで、とんとんと、うれしくて素敵な出来事がいくつか
『ブログガイダンス(27)』の画像

 小津映画の「東京物語」では、主人公の夫婦が実家の尾道に帰ってから急展開を遂げます。 せっかく育てた子供や親しかった友人たちとのいいようのない断絶、隙間を感じた夫婦に待ち構えていたのは、その妻、子供たちにとっては母親の急逝という思いがけないことが起こって
『私の新東京物(2300回記念)(6)』の画像

菊の花 今回の上京において面談した3人目は、このブログでおなじみのK1さんでした。 かれは、大病を患っていて、わずか1日前の退院でしたが、わざわざ、12月13日の私の学会講演を聞きに来てくださりました。 この講演を終わって、少しの間、言葉を交わしました。しかし、
『私の新東京物語(2300回記念)(5)』の画像

 「長い間、マイクロバブル技術の動き、それから、先生の動きを、見聞きしてきて、私は、マイクロバブル技術で、世の中を変えることができるのは先生しかいないのではないかと思ってきましたし、今も、そう思っています」 「そうですか。そういわれると恐縮しますが、その
『私の新東京物語(2300回記念)(4)』の画像

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