マイクロバブル博士の「マイクロバブル旅日記」

本「旅日記」で、マイクロバブルの科学と技術に関する難しい情報をやさしく解説し、深く考えることによってマイクロバブルの物語をよりおもしろくします。また、それをゆかいに展開させていきます。これが、あたかも燎原の火のように、それこそ国境を超えて、どこまでも広がり、国民生活と産業に深く分け入ることで、マイクロバブル社会が形成されることをめざします。

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高専教育

 昨日(26日),徳山高専土木建築工学科5年生における私の試験を行いました.「大成先生の試験は長くなる」,これは彼らの口癖ですが,今回の試験もそのようになりました. 通常,試験時間は2通りあり,私はいつも長い方の80分を採用しています.幸いなことに,私の試験は

 本日は秋晴れのすがすがしい一日です.早朝散歩も6日目を迎え,徐々に習慣になってきました.今朝は紅葉の木々の向こうに大崋山がきれいに映えていました.予定のコースを約30分ほど歩きました.もしかして,途中でイケさんに出会うかなと思っていましたが,結局彼は現れま

 ある大学のトップの方と親しくなり,そのメイルの「やり取り」のなかで,高専とその 大学の発展をどのようにして実現するか,そのことを考え続けています.この方も, 大変変わった方で,メイルの返事が来る時間が尋常ではありません.だいたい朝 方の3時台が多く

 昨日は,地元周南市で「環境・エネルギーイノベーション講演会」が開催されました.今回は,最近話題になっている「植物工場」をテーマにしましたので参加者も100名を超え,会場は大変盛り上がりました. まず,最初に全国的な植物工場の現状が報告されました.ここで

 夏休みが明けて,本日から本格的な授業が再開されました.読者のみなさまには,大変申しわけありませんが,その夏休み中に,「夏休み特集マイクロバブル十話」の記事が,その「第二話」までしか書けず,第三話以降が宿題になってしまいました.これから,適宜,「十話」ま

 昨日は、徳山高専の渡辺勝利教授といっしょに、山口県宇部市にある神原小学校に出前授業にいきました。かつては、生徒が1500人もいたそうですが、今は260名余で、ここでも急速な人口減現象を垣間見ることができます。 さて、今回の出前授業は、県の教育委員会の依頼もあり

 研究室の移転,墓掃除,お盆,研究室移転後の荷物の整理など,慌ただしい生活が続いています.久しぶりに早朝散歩を兼ねて喫茶店に立ち寄り,ブログの記事を書いています. さて,高松市で開催された第7回全国高専テクノフォーラムについての報告を進めることにしましょう

 第7回全国高専テクノフォーラムにおいて,私は,その全体パネル討論会におい て,「マイクロバブル技術による『植物工場づくり』」と題して話題提供の講演をさせ ていただきました.この企画は,高専が第2次産業だけでなく,第1次産業において も重要な役割

 私の学校では,前期末試験の真っ最中です.学生のみなさんにとっては,いやな季節です.学生時代には,試験がなくなったらどんなによいかと思い続けていましたので,みなさんもきっとそうでしょう. 昨日は,私の科目の試験を実施しました.その試験問題を作成した時に,

 久しぶりにゆっくりした日曜日の朝です。昨日は、卒業式と謝恩会がありました。 この時期、何かと年度末で忙しいのですが、これでようやく一区切りとなります。 卒業式後の会合で、私は、次の3つの話題提供をして、はなむけの言葉とさせて いただきました。 ①今年

 年度末になり,なにかと慌ただしい日々を送っています.学生たちも,試験,発表会など一連の行事をこなしていきますので,なかなか大変です. 昨日は,専攻科生の研究発表会があり,私の研究室のK君も発表を行いました.彼の発表は,マイクロバブルの血流促進に関するも

 豊橋技術科学大学での基調講演,土木学会の会議,帰ってからの学生の卒論指導など慌ただしい数日間を過ごしていました.前二者については,いずれ機会を得て具体的な成果を報告させていただきます.  学生の卒論についてですが,かれらが直面する問題をいかに切り抜ける

豊橋には,昼前につきました.昼食を済ませて,バス停に行くと,すでに本日のシンポジウム参加者がいて久しぶりの会話をしました.それからバスの中で,講演スライドの準備を終えると,隣のKさんから,「今日はずいぶん早いじゃないですか」と皮肉っぽくいわれましたが,そ

 F先生との思い出において、もうひとつ印象に残っていることは、I君という高専生 のことでした。規則を守らず、寮を追い出されてしまって、それでも非行が止まない 学生でした。F先生は、この学生を引き取り校長官舎で共同生活を始めたのです。 それでも、徐々

 昨日、アパートに帰った際に、F先生からの郵便物が届いていました。自費出版 の文集であり、F先生は、高専の校長を退任されてから、定期的に、この文集を出 版されてきました。これらの文集には、先生の歩んでこられた経験を忠実に記録す るとともに、そ

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