マイクロバブル博士の「マイクロバブル旅日記」

本「旅日記」で、マイクロバブルの科学と技術に関する難しい情報をやさしく解説し、深く考えることによってマイクロバブルの物語をよりおもしろくします。また、それをゆかいに展開させていきます。これが、あたかも燎原の火のように、それこそ国境を超えて、どこまでも広がり、国民生活と産業に深く分け入ることで、マイクロバブル社会が形成されることをめざします。

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高専教育

高専の内的発展論における核心的問題は、前回の記事において示された専攻科論議を踏まえ、それを本科を含めて総合的に発展させることにありました。 それを再記しながら、本科と専攻科を併せた総合的な内的発展の法則性をより深く検討することにしましょう。 青字部分は、
『高専は、どこに向かうのか(2450回記念)(18)』の画像

  すでに紹介してきたように、高専における専攻科設置に関する論議は、『全専協』(注①)を中心舞台にして大いに盛り上がりました。 注①:全国高専教職員組合の略称、当時、私は、その責任者を務めていました。 その理由をまとめて、以下に列挙しておきましょう。 ①高
『高専は、どこに向かうのか(2450回記念)(17)』の画像

  高専における内的発展法則とは、高専における教育と研究の総体を本質的に発展させることに関する普遍的で必然的な関係のことです。 高専における個々の現象の発展のなかには、この法則性が潜んでいて、これを総合化、そして普遍化することで重要な法則性が明らかになって
『高専は、どこに向かうのか(2450回記念)(16)』の画像

 「専攻科設置によって高専は発展するのか」をめぐって、高専の内的発展に関する初めての本質的な議論が開始されました。 すでに述べてきたように、その議論の爆発の導火線となったのが、「専科大学」の根拠となった「危機論」であり、その発火力をより強めさせたのが、そ
『高専は、どこに向かうのか(15)』の画像

 なぜ、専攻科設置をめぐる議論が重要で、後に大きな影響を与えるようになったのか。 今振り返ってみますと、その考察が非常に大切であることがよく解ります。 その理由の第1は、専科大学論議、そして、その結末が「騒動」でしかなかったのに対し、専攻科設置問題は、現
『高専は、どこへ向かうのか(2450回記念)(14)』の画像

 しばらくの中断、深くお詫びいたします。 本ブログにおいては、どの記事が人気で、よく読まれるかの日々の結果、月々の結果などを見ることができます。 この欄を時々開いて、状況を分析していますが、根強く、私の高専論に関する記事が読まれているようです。 その読者
『高専は、どこへ向かうのか(2450回記念)(13)』の画像

  「高専白書(第三次)」は、非常に評判を呼び、すぐに売り切れ状態になり、増し刷りをするまでになりました。 こんなことは初めてのことであり、私たちを喜ばせるとともに、少なくない読者の関心を集め、勇気づけたようでした。 また、Y県のU高専のO校長から、この
『高専は、どこへ向かうのか(2450回記念)(12)』の画像

 ある意味で、その分水嶺を超えることは、当時の私にとって、小さくない出来事でした。 すでに、述べてきたように、専科大学をめぐる論議は、当時の「国専協」の上層部において活発になされていましたが、それは現場の私たちとは無関係の雲の上でなされていたものでした。
『高専は、どこへ向かうのか(2450回記念)(11)』の画像

 前回の記事から、だいぶ時間が過ぎ、間延びしてしまいました。 ご関心の読者のみなさまには、深くお詫びいたします。 新しい年を迎え、わずかですが、時間の余裕を持てたようですが、それも束の間のことでしょうか、明日からは、平常の忙しさの中に侵入していくような気
『高専は、どこへ向かうのか(2450回記念)(10)』の画像

 高専における専攻科設置問題は、それまでの「専科大学騒動」の余波を受けたからでしょうか、今から振り返っても、まことに不思議なできごとでした。 わずかに、一行で、高専に「専攻科を設置する」という関係文書を見た時のことを思い出します。 それ以外に、何の解説
『高専は、どこへ向かうのか(2450回記念)(9)』の画像

 2代の文部大臣が、二度にわたって記者会見まで行いながら、高専の「専科大学」への名称変更は、とうとう実現しませんでした。 その理由は、高専の設置基準、すなわち、教育機関であることをそのままにして、それを「大学」とは呼ぶことができない、ここを突破することが
『高専は、どこへ向かうのか(2450回記念)(8)』の画像

  高専教育について、やや歴史的に振り返ることになりましたが、これは重要な問題ですので、その系統的な考察を、さらに前に進めることにしましょう。  1980年代中ごろになって、高専を「専科大学」に名称変更しようとする動きが「国立高等専門学校協会」の指導層から突
『高専は、どこへ向かうのか(2450回記念)(7)』の画像

  前記事において示した5つの視点に立脚して、小論「高専は、どこへ向かうのか」についての考察を深めていきましょう。 すでに述べてきたように、本記事は、論文化に向かう「研究ノート」的性格を有していますので、大胆に、そして自由に、「最も核心的な部分」から考究す
『高専は、どこへ向かうのか(2540回記念)(6)』の画像

  それでは、小論「高専は、どこへ向かうのか」について、具体的な考察に分け入ることにします。 まずは、その視点を明確にしておきましょう。 その第1は、今日の高専をめぐる情勢を明らかにすることです。 もともと、産業界からの強い要請によって発足したという経歴を
『高専は、どこへ向かうのか(2450回記念)(5)』の画像

  「徳山高専卒業生」からのコメントの重要部分を以下に示します。 「早速ながら、本件(次世代「高専教育」論)を具体的に掘り下げるにあたり、 目的・Scopeの定義、確実に仕上げるための基本方針・枠組み(Framework)等をご教示願えれば幸いに存じます。  この種の基
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