マイクロバブル博士の「マイクロバブル旅日記」

本「旅日記」で、マイクロバブルの科学と技術に関する難しい情報をやさしく解説し、深く考えることによってマイクロバブルの物語をよりおもしろくします。また、それをゆかいに展開させていきます。これが、あたかも燎原の火のように、それこそ国境を超えて、どこまでも広がり、国民生活と産業に深く分け入ることで、マイクロバブル社会が形成されることをめざします。

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高専教育

 鎖国時代の日本において、江戸が断トツの世界一の都市となり、ここで高度な都市文明が栄えました。 文書交換によるビジネス、東西を行き来する情報と物流、そして職業の細分化と高度化が図られました。 この決め手になったのが参勤交代でした。 磯田は、このように主張
『高専の未来図(5)磯田インタビュー(3)』の画像

 磯田が提唱した「反実仮想」を高専に適用してみましょう。 まずは、300年鎖国状態が続いた日本の首都江戸と高専を比較してみましょう。 「江戸を高専に置き換えてみたら、どうなるのであろうか?」 ふと、「これは、おもしろそうだ!」と、この反実仮想を思いつきました
『高専の未来図(5)磯田インタビュー(3)』の画像

 このビッグインタビューは、冒頭の「反実仮想」に関する指摘に続いて、さまざまな展開がなされていきました。 磯田は、江戸以来の近現代史を俯瞰しながら、外交の在り方について言及しました。 日本の外交が本格的に始まったのはペリーの来航であり、その江戸時代に関す
『高専の未来図(4)磯田インタビュー(2)』の画像

 先日、BSテレビを拝聴していたら、とてもおもしろい番組を見つけました。 それは、アナウンサーの池上彰さんが、5人の方にロングインタビューする放送でした。 その一人に歴史学者の磯田道史さんがいました。 それを見ていて、これはおもしろいと思って、即座に録画しま
『高専の未来図(3)磯田インタビュー(1)』の画像

日本の国民総生産(GDP)が伸びていたのは1990年初頭までで、日本経済のバブル崩壊とともに、その減少が始まりました。「バブルが弾けると、その後は何やってもうまくいかない」これは、著名な経済アナリストの言葉ですが、まさに、その通りのことが進行してきました。 
『高専の未来図(2)ハイテクからローテクへ』の画像

今日、地域に根ざした「小規模ではない地場産業づくり」がますます重要になっています。この中核をなすべき拠点のひとつが「高専」であり、この課題は、これまでにも「地域に根ざした高専づくり」として探究されてきました。  これを、今日的意味において再考察してみよ
『高専の未来図(1)(「高専は、どこへ向かうのか」改題)』の画像

高専の内的発展論における核心的問題は、前回の記事において示された専攻科論議を踏まえ、それを本科を含めて総合的に発展させることにありました。 それを再記しながら、本科と専攻科を併せた総合的な内的発展の法則性をより深く検討することにしましょう。 青字部分は、
『高専は、どこに向かうのか(2450回記念)(18)』の画像

  すでに紹介してきたように、高専における専攻科設置に関する論議は、『全専協』(注①)を中心舞台にして大いに盛り上がりました。 注①:全国高専教職員組合の略称、当時、私は、その責任者を務めていました。 その理由をまとめて、以下に列挙しておきましょう。 ①高
『高専は、どこに向かうのか(2450回記念)(17)』の画像

  高専における内的発展法則とは、高専における教育と研究の総体を本質的に発展させることに関する普遍的で必然的な関係のことです。 高専における個々の現象の発展のなかには、この法則性が潜んでいて、これを総合化、そして普遍化することで重要な法則性が明らかになって
『高専は、どこに向かうのか(2450回記念)(16)』の画像

 「専攻科設置によって高専は発展するのか」をめぐって、高専の内的発展に関する初めての本質的な議論が開始されました。 すでに述べてきたように、その議論の爆発の導火線となったのが、「専科大学」の根拠となった「危機論」であり、その発火力をより強めさせたのが、そ
『高専は、どこに向かうのか(15)』の画像

 なぜ、専攻科設置をめぐる議論が重要で、後に大きな影響を与えるようになったのか。 今振り返ってみますと、その考察が非常に大切であることがよく解ります。 その理由の第1は、専科大学論議、そして、その結末が「騒動」でしかなかったのに対し、専攻科設置問題は、現
『高専は、どこへ向かうのか(2450回記念)(14)』の画像

 しばらくの中断、深くお詫びいたします。 本ブログにおいては、どの記事が人気で、よく読まれるかの日々の結果、月々の結果などを見ることができます。 この欄を時々開いて、状況を分析していますが、根強く、私の高専論に関する記事が読まれているようです。 その読者
『高専は、どこへ向かうのか(2450回記念)(13)』の画像

  「高専白書(第三次)」は、非常に評判を呼び、すぐに売り切れ状態になり、増し刷りをするまでになりました。 こんなことは初めてのことであり、私たちを喜ばせるとともに、少なくない読者の関心を集め、勇気づけたようでした。 また、Y県のU高専のO校長から、この
『高専は、どこへ向かうのか(2450回記念)(12)』の画像

 ある意味で、その分水嶺を超えることは、当時の私にとって、小さくない出来事でした。 すでに、述べてきたように、専科大学をめぐる論議は、当時の「国専協」の上層部において活発になされていましたが、それは現場の私たちとは無関係の雲の上でなされていたものでした。
『高専は、どこへ向かうのか(2450回記念)(11)』の画像

 前回の記事から、だいぶ時間が過ぎ、間延びしてしまいました。 ご関心の読者のみなさまには、深くお詫びいたします。 新しい年を迎え、わずかですが、時間の余裕を持てたようですが、それも束の間のことでしょうか、明日からは、平常の忙しさの中に侵入していくような気
『高専は、どこへ向かうのか(2450回記念)(10)』の画像

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