追悼・久松俊一先生(19)
  
 いよいよ、最後の話題になりました。

 今回は、『私たちの高専改革プラン』における第三提言のなかの「『高専大学』構想」について述べておきましょう。

 追悼文の最後の節を再録しておきましょう。 
       
 最後に,上述の『改革プラン』に示された第三の提言に触れておきましょう.高専ネットワークの形成,日本高専学会の誕生と発展は,高専と高専教育の揺るがない発展に小さくない貢献を果たしてきました.それは,高専が築いてきた長所を最高度に生かした,そして必然の帰結としての「高専大学」です. 

この実現が互いの「宿題」として残りましたね.どうか,来世においてもご考究を念願いたします.


 久松先生がよくいわれていたことの一つに、「大切なことは、高専のアイデンティティーを明らかにすることですよ」がありました。

 これは、高専の長所を自分自身で見出し、より発展させることによって、その存在意義を明らかにすることと言い換えてもよいでしょう。

高専大学構想

 1994年に出された『私たちの高専改革プラン』における提言3では、次のように記されています。

 「高専における自治の獲得、教育と研究の統一、高専教育研究の総合的発展を実現することは、高専の多様な質の量的発展を可能とする。

 私たちは、その必然的発展としての「高専大学(仮称)」をめざす。

 「高専大学」とは、高専の教育研究における長所を最大限に生かし、発展させることによって実現され得る新しい高等教育機関である」

 じつは、この提言をまとめ上げるまでに、プロジェクトチーム内で大議論が行われました。

 一方は、高専を大学にしないと、自治は認められない、研究機関として位置付けられない、校長の先決体制が続く、大学以下の予算と給料が続く、寮やクラブ活動の指導もしなければならない、このような矛盾の巣窟から脱しなければならない、という主張がなされました。

 これに対して、高専を四流大学のようにしてはいけない、大学になると今のように手厚い、親身な教育ができなくなる、高専の良さが無くなってしまうなど、真っ向からの反論が出されました。

 両者、互いに少しも譲らずで、延々と平行線の議論がなされていました。

 日ごろから、高専をどうしていくかについて、しっかり考えぬいて信念に近い主張でしたので、互いに妥協する余地を持っていませんでした。

 また、これと同じ議論が、専攻科設置の是非についてもなされていました。

 この議論が出尽くしたことを見定めて、私は、それぞれの大学派と高専派に次のような質問を行いました。

 前者に関しては、

 「高専の長所を最大限に生かすことによる大学化に関しては賛同していただけますか?」

と尋ねました。

 即座に、

 「高専の長所を生かした大学化」とは、どういうことですか?」

という質問が返ってきました。

 「丁寧に、実践的技術教育を行い、創造性豊かな技術者を育てることを目的とし、その教育と研究の統一をめざすこと、これが高専の長所です。

 当然のことながら、現在の校長先決体制を止めさせ、自治を確立し、研究機関として認知していただくことでもあります。

 そのことによって、今以上に高専生を成長させることを可能にすることが重要であり、これを『高専大学』と呼ぶことにしましょう」

 こう回答すると、どうやら異論はなかったようで、その大学派は「高専大学派」に接近してきたようでした。

 高専派には、次のように質問しました。

 「高専の長所は、すべて受け継ぎ、それをもっと発展させる立場から、年限を2年伸ばして、その2年で、より優れた高専生を育てようという構想です。

 そのためには、高専生自らが研究を行い、学会発表を行うようになり、地域においても活躍できるようにする必要があります。

 また、大学に相当する年齢の高専生と本科の高専生が連携して学び研究し合うことができるようになります。

 私たちが苦労して築き上げてきた高専の独創的長所をより発展させるところが、『高専大学』ですよ。

 そうすれば、より優れた教育成果が得られるようになるのではないですか」

 「なるほど、そうであれば、『高専大学』構想に反対する理由はありませんね」

 こうして、最初は、平行線のままで、いったいどうなっていくのかと心配していましたが、

 議論は、平行線から、収斂の方向に向かい始めました。
 
 この収斂は、高専が創立されて以来の約30年ぶりのことであり、わずかな一歩でしたが、その持つ意味は小さいものではありませんでした。

 議論は、次に、これを多くのみなさんに賛同していただくようにするのか、という問題に分け入っていくことになりました。

 それは、高専教員が、きわめて少数でしたが、たしかな未来への展望を持ち始めた価値ある瞬間だったのでした(つづく)。

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万華鏡(前庭)