老いと微笑みの哲学(2)

 懸案の論文(第四報)投稿を済ませたことで、やや心の余裕が出てきましたので、滞っていた本執筆に分け入ることにしました。

 老いての久しぶりの高専を振り返っての論文執筆の開始、そして、それを持続し、第四報まで重ねてきたこと、それが未だ道半ばでありますが、ここまでやってきたことには、そこはかとない微笑が自然に浮かんでくるようです。

 さて、「笑い」といえば、作家井上ひさしさんの名言があります。

 それは、NHK100年インタビューにおいて、次のように語られていました。

 「笑いとは、人間が作るしかないもの それは、一人ではできない 人と関わって、お互いに共有しないと 意味がないものでもある」

 私は、この時のインタビューを録画し、大切に保管しています。

 また、それが、単行本として発行されていますので、それも机の上に置いています(『ふかいことをおもしろく』PHP研究所、2011)。

 人は、生まれつき、恐怖や悲しみ、怒りを有しいるが、笑いは持っていないことから、自分で創りだすものだと説かれています。

 井上さんは、劇作家として、常に観客のみなさんと直に付き合って来られましたので、その厳しさをよく理解されていました。

 その厳しい目があるからこそ、知恵を絞って観客に笑いをもたらすことを考えることに意味があると仰れていました。

 井上さんの演劇において、私が大好きなものは、『きらめく星座』です。

 ここでは、大東亜戦争直前に流行していた歌がたくさん出てきます。

 「私の青空」、「一杯のコーヒーから」、「チャイナタンゴ」などが、にぎやかに唄われています。

 戦争前夜における軍国主義が吹き荒れるなかで、その憲兵や手を無くした元陸軍戦士の軍人意識と庶民の平和と安らぎの生活を願う思いが、ことごとく対立しながら盛り上がっていきます。

 とくに、オデオン座の御主人の息子が脱走兵として何度も帰ってきては騒動を起こします。

 ここで、戦争か、平和かが鋭く問われ、その対比のなかでさまざまな笑いが必然的に生まれてきます。

 何度見ても飽きない、そして無条件におもしろく、余韻の残る作品です。

 そして、最後に、上記の「私の青空」が唄われます。

 それは、明日戦地に赴くという若者二人が、そのまえに、ぜひ聞かせてほしいと頼んだからでした。

 元歌手であったご主人の奥様の美しい声とオデオン座に常置されていたピアノの音が鳴り響いていました。

 もともと、この原曲は、アメリカで大ヒットした「My Blue Heaven」であり、これを最後に唄わせた井上さんの脚本も素晴らしいですね。

 「狭いながらも楽しい我が家 

 愛の火影(ほかげ)のさすところ 

 恋しい家こそ 私の青空」

 これを笑顔で堂々と唄わせたところに、井上さんの「笑いの哲学」があったように思われます(つづく)。

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紫陽花(前庭)