元旦2日の滑り出し

 小説家の森村誠一さんの勧めのように、昨夜に「日課を決める」ことを思い立ちました。

 朝7時に、「アレクサ」が素敵なアラームを鳴らしてくれました。

 「そうだ!今日から新たな日課を始めることにしたのだ」

とおもって、起きだそうとしていたら、沖縄の実家にいる家内から電話がかかってきました。

 どうやら、お母さんの仮通夜、通夜、葬式の日取りが決まったようでした。

 大晦日と正月三が日を挟んでのことでしたので、いつもよりは長い日程になってしまったようです。

 そのため、家内のいない大晦日と正月初旬を過ごすことになりました。

 そのせいもあり、自分の在り方を考える時間が増え、その第一弾として「日課」を決めて、それを発動させることにしました。

 今朝の外気温は3℃だったので、防寒して、日課の通りの散歩に、愛用のカメラをぶら下げて出かけました。

 ところが、そのカメラの電池が切れていて、ただぶら下げての散歩になってしまいました。

 何事も用意周到にはいかないもので、せっかく、枯れ竹の良い撮影シーンを見つけたのに残念でした。

 この地区にある竹の特徴は、細くて長いことにあり、これが全国から重宝がられているそうで、立派な地場産業として成り立っています。

 その枯れた竹が美しく林立して朝陽に照らされていました。

 明日は、これをしっかり撮影することにしましょう。

 しかし、この散歩は、予定よりも短くして、数百メートルを歩いただけで帰ることにしました。

 その訳は、北側にある養豚場からの臭気が流れてきて漂っていたからで、これでは、病原菌を吸い込むだけだとおもったからでした。

 「この悪臭め、私の貴重な散歩さえ奪うのか!」

という怒りさえ湧いてきました。

 今度、その当事者と市、被害を受けている関係自治会による会合が企画されているようなので、そこで、どう、とっちめるかの作戦を練りながら帰りました。

 おかげで、良いアイデアが浮かんできましたので、犬も歩けば棒にあたりますね。

 朝食は軽めに済ませ、研究室2(大成研究所)において、本ブログ記事を認め始めたところです。

  「老いの覚悟と生き方(4850回記念)」

 昨日は、大晦日に映画特集をしていて、そのなかにあの名画「ひまわり」があり、すかさず録画しました。

 それをゆっくり楽しみながら拝見、やはり、感動を覚えたすばらしい出来栄えでした。

 あの見渡す限りの「ひまわり畑」のシーンは、オフコースのサヨナラコンサートの際にも写し出されていましたので、その時以来、本物の映画を観てみたいとおもっていました。

 その念願が叶い、新たに始まった2023年は、このようなスケールの大きい、そして深い意味を有するものにすることができるといいな、とおもいました。

 さて今年は、世間でいわれている「後期高齢者」の仲間入りをします。

 これを森村誠一さん流に換言すれば、「年中組」の半ばを迎えることになります。

 かれによれば、「老人よ、大志を抱け!」の精神を最も強く、激しく燃え上がらせる歳に差し掛かることになります。

 その意味で、今年は、私なりに「老いの覚悟と生き方」を再度見直し、深く分け入って進むのだ、という新たな想いが湧いてきています。

葉室 麟

 そんな想いを持つことに、勇気と励ましを覚えているのが、時代小説家の葉室麟さんの一連の作品です。
 
 かれは、53歳という遅咲きの作家であり、あの映画にもなった『蜩ノ記』で芥川賞を受けました。

 以来、約10年、ずっと優れた作品をひたすら書き続けてきました。

 私は、2012年に入院生活をしたころに、この作家の作品に出会い、そのデビュー作の『乾山晩秋』『銀漢の賦』を読んで心を動かされ、その退院直後に、その『蜩ノ記』を拝読しました。

 とくに、この芥川賞受賞作品の背景は、私が今住んでいる国東地方の山間が想定されていましたので、より親しくページをめくることができました。

 主人公の戸田秋谷の長男が、その映画の冒頭において岡田准一扮する監視役の侍に石を投げ、取っ組み合いをする溜池の畔のシーンの撮影も、この近くでなされたのではないでしょうか。

 ここには、大きな川がなく、農業用の溜池がたくさん作られていて、この水を用いたシイタケなどの山林資源が、国連によって世界農業遺産に認定されています。

 また、その取っ組み合いがなされた溜池の畔の土は薄い赤茶色であり、それが真砂土といわれる土でしたので、そのことからも地元での撮影がなされたことが示唆されていました。

 じつは最近、この名著には、次の作品が認められており、それらは「羽根藩シリーズ」と呼ばれていることを知りました。

 そこで、このシリーズを順次、読み進めることにしました。

 ①蜩ノ記 

 ②海鳴り

 ③春雷

 ④秋霜

 ⑤笛吹物語

 おそらく、葉室さんも、このシリーズの執筆を相当に気に入られ、渾身の力を注いで向かい合ったのではないでしょうか。

 そのことが、これらを読み進めているうちに、よく解りました。

 これらは、第一作において、なぜ、主人公の戸田秋谷が、生きることよりも自腹を切ることを選択したのかを重要なテーマにしながら、その都度、下級武士の主人公たちが、艱難辛苦を乗り越えて、その秘めた想いを達成していくことがみごとに描かれています。

 そして、その艱難辛苦を与える側の卑劣さ、上級武士としての特権意識の「おごり」などがリアルに示されていました。

    邪な権力は、必ずおごり、高ぶり、身を亡ぼすようになっていくのであり、それは今の世でも同じであるといえますね。

 この権力者たちの卑劣な仕打ちに抗して、忍耐と知恵で跳ね返していくストーリーがおもしろく、そこに優れた作家ならではみごとなストーリー性がありました。

 さらに、ここにおいて、もう一つの痛快なことがあります。

 それは、主人公の下級侍が、図抜けた剣の使い手であったことです。

 日ごろは刀を抜くことはありませんが、一度、それを抜けば、必ず、相手を倒す、これが武士社会の掟であり、それを行使することができたのです。

 権力側は、そのことを常に恐れていますので、悪知恵を働かせて追い込もうとしますが、それが最後には刃が立たなくなります。

 剣はみだりに抜くものではないが、いざ抜けば、相手の命を奪い、殲滅させることができる、ここに侍小説の面白さと醍醐味があるようにおもわれます。

 私は、幼いころから剣道と居合い抜きを練習してきましたので、この剣の心とすばらしさを多少心得ています。

 今でも、退屈しのぎに、竹刀で素振りの練習をする時があります。

 気合を込めて、竹刀を振り下ろせば、よい心身の運動にもなります。

 さて、2023年の「老いの覚悟と生き方」においては、まず、森村誠一・葉室麟ワールドにより分け入っていくことにしましょう。

 たとえ、こちらには大小の刀、木刀、竹刀しかないのであっても、それは振り下ろす相手の急所を突くことができれば、それは有効打になっていくはずであり、その的を突き、射ることが重要です。

 また、これらの武器のほかに、私には、光マイクロバブル技術という重要な金棒もあります。

 これを縦横無尽に振り回すには、十分な体力が必要です。

 それゆえ、後期高齢者の仲間入りをするにあたって、自らの心身をより鍛え直すことが求められているようにおもわれます。

 そう考えて、朝の散歩、光マイクロバブル入浴、無農薬の野菜の栽培と摂取、そして就寝前の体操、まずは、これらに努め、健康力をより養っていくことが大切です。

 幸いにも、その就寝前に仰向けになって足の屈伸運動をすることにおいて、年内に250回を達成するという目標を掲げましたが、幸いにも、それを達成することができました。

 次の目標として、今月中に300回に挑むことにしましょう。

 今年は、この体力と健康力を土台にして、昨日示した光マイクロバブル技術における重点課題の解決に、決して怯むことなく堂々と挑むことにしましょう(つづく)。

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ハゼの古木と竹藪(すぐ近くの森)