老いの「意味」(6)

 人生100年時代を迎え、定年後の40年をどう過ごすのか、これまで「余生」とされてきた人生を、いかに「誉生」に変換していくのか、これがより一層鋭く問われるようになってきました。

 2012年春に、山口県の周南市から大分県の国東市へ移住してきて、早10年余が経過しました。

 今振り返ると、それは、「余生」から「誉生」への転換のための助走期間であったようにおもわれます。

 この助走をより加速させ、そしてその浮上後に、さらに自由な空間が広がる空へと舞い上がっていくことをめざしてきました。

 そして、後期高齢者の仲間入りを前にしながら、さらに「老いの意味」を考えてきました。

 そのなかで、若いころから愛読してきた森村誠一さんの一連の「老いシリーズ」10冊余に出会い、深く考えさせられ、強く励まされました。

 その到達点は、かれの強烈な次のメッセージに集約されました。

 前記事に続いて、それを再掲しておきましょう。

 「老人たちよ、大志をいだけ(Old men be anbitious!)」

 「誉生の大志」
 
 この「大志」を「確かなもの」にしていくには、その基礎からいくつもの石を配置しながら積み重ねていく必要があります。

 この過程は、小さくて地味な積み重ねの連続であり、たとえ、わずかなことであっても、その細部に隠されている真理を見出すことができるかどうか、それが最初の入り口の鍵になります。

 私たちは、何もすることがなくて、毎日、テレビ漬けになっているわけではありません。

 ましてや、便利さに甘えてコンビニ通いで、気に入ったものを買うことで、その日暮らしをしていることに終始しているのでもありません。

 さらには、前職場のようにしつこい妬みや非難を受けて、気持ちが暗くなることもありません。

 そのしがらみは遠くに消え去り、春風にように吹いてくる大志を自由に受け留め、胸を張って丘の上に立つことができます。

 「大志」とは、「遠大な望み(広辞苑)」のことです。

 近くて小さな「望み」ではありません。

 この場合、遠いとは、未来のことを指しているのではないでしょうか。

 となると、これは「未来に馳せた大きな希望」を意味しています。

 それゆえに、一朝一夕には、この大志を形成し、しっかりと胸に抱くことはできません。

 私のように高齢者に近くなってくると、それを抱くための準備をいろいろと積み重ねていく必要があり、さらに加えて、その確立には、少なからずの着実な実践によって、その可能性を探究しながら、その成果を踏み締めていくことが求められます。

 それは、遠い未来であればあるほど、そして重要であればあるほど、その準備の土台をより強固に、そしてより広く、具体的かつ実践的に形成してしていくことが重要なのです。

 幸いなことに、私は、1980年代初頭から光マイクロバブルの発生技術を探究し始め、それから15年を経て1995年に、今でいう光マイクロバブル発生装置を開発することができました。

 それを世の中が受容し始め、今の世界的規模での広がりと進化がなされるようになりました。

 そのせいで、私は、光マイクロバブルの科学と技術において、その未来を背負うことになりました。

 そのために、その開発を担うことで、その重みに圧力を覚えながらも、時には、それを親しみ、楽しむこともできるようになりました。

 この地歩と地平が、これからも私の前には続いているようなので、この「大志の証明」を続けていく必要があるのではないかとおもいます。

 しかし、それは、未だ道半ばの段階に留まっています。

 さて、森村さんの『老いる意味』に戻りましょう。

 かれは、会社を退職した60歳代を「年少組」、70歳代を「年中組」、80歳代を「年長組」と表しています。

 年少組においては、それまでのキャリア、成功体験などは忘れて、いわば「下の立場」になることを受容できるように切り替えることを推奨されています。

 いつまでも強がりをいって拘っておれば、やがて自分の居場所がなくなり、「引きこもりの老人」になりかねないと警告しています。

 次の年中組では、私は、その年中組の真っ最中ですが、失っていくものの多さを実感するようになることが指摘されています。

 体力、気力、記憶力、人脈などが衰えるそうであり、いずれも、それを実感しています。

光マイクロバブル入浴ケア

 体力については、私の場合、ちょっと独特です。

 それは、夜の入浴から始まります。

 前半は、光マイクロバブルの「ここちよさ」を甘受しながら、大抵は読書を楽しみます。

 最近は、葉室麟の「蜩ノ記」後の三部作を拝読しています。

 入浴の後半は、身体の各部位に光マイクロバブルを噴射しながら、痛いところをもみほぐします。

 私は、若いころから肩凝り症なので、その石のように硬い肩に、光マイクロバブルを直接噴射させます。

 その噴射時間は、肩の凝り具合で調節していて、これでかなりの軽減ができます。

 そして、出浴前に、湯に浸かったままで片足ずつの屈伸を100~120回行います。

 さらには、口の中を光マイクロバブル水で洗浄し、それぞれの目にも光マイクロバブル水を噴射約1分間します。

 これらの洗浄と目の光マイクロバブルマッサージが非常に有効です。

 前者においては、細かい汚れが光マイクロバブルによってすっかり取れてしまいますので、口腔内の洗浄とケアが一挙に進みます。

 この場合、光マイクロバブル発生装置は、シャワー用ホースに取り付けていて、新型の「P5」と略称されているものです。

 これは、空気中でシャワーのように噴射させても、毎分1リットル前後の光マイクロバブルを発生できる、これまでにない優れものであり、これが口腔内洗浄とケアに極めて有効です。

 後者は、その光マイクロバブル水を目に当ててケアを行う方法です。

 毎日、パソコンの画面を見ながら文書書きの仕事をしていますので、気づかないうちに目を酷使しています。

 高齢になると緑内障になりやすく、私の母は眼底出血を繰り返していましたので、目のケアには注意を要しています。

 毎回、入浴の度に、光マイクロバブルケアを、それぞれ1分間行うことを常としています。

 おかげで、最近は、目の具合が悪化せず、視力も復活してきたようで、文庫本の文字が眼鏡無しでも読めるようになるときもでてきています。

 これらが、光マイクロバブル入浴時の運動とケアです。

 次回は、もう一つの私の体操とケアを紹介することにしましょう(つづく)。

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渡辺崋山の庶民描画(『原色日本の美術』小学館より引用)
キセルを咥えた金魚売がおもしろい