老いの「意味」(5)

 森村誠一さんは、『老いの意味』のなかで、人生を次の3つに区分されています。

 1)「仕込みの時代」:学びに重きを置いた準備期間である

 2)「現役時代」:会社で働くなどして社会に参加する期間

 3)「老後」の時代:余生とも括られる期間

 医学、衛生学、栄養学の発展によって、日本人の平均寿命が大幅に伸び、今や「人生100年時代」を迎えるようになりました。

 そして、この3)の20~30年の「老後」を、それまでの「余生」としてではなく、意味のある「誉生」としてを過ごすことが重要な課題になってきたのです。

 そのことを、森村さんは、次の象徴的メッセージを贈っています。

 「老人たちよ、大志をいだけ(Old men be anbitious!)」

 「誉生の証明」の課題
 
 この「大志」を、どう具体化し、練り上げ、イノベーションに結びつくキー・テクノロジーへと洗練させていくのか、この大きな課題が真正面から問われるようになってきました。

 しかし、その実際には、2012年の年末からの発病、翌年の入院となり、そこから回復して退院したのは春になってからでした。

 ここで、国東に移転したか2つの会社が、ほとんど動けなくなっていましたので、その再生のために、いくつかの研究開発補助金を申請したところ、それがほとんど採択されてしまうという新たな事態を迎えることになりました。

 当面は、それらの事業を熟すのに精いっぱいとなり、じっくり「開発とは何ぞや?」を考える時間もないほどに「大わらわ」の日々でした。

 しかし、この経験は、その後に非常に重要な成果と教訓をもたらすことになりました。

 なぜなら、それは、その開発の在り方をじっくり考える余裕はなかったものの、その具体的な実践を積み重ねていくことによって、自ずと、その課題を体験的に探究していくという接近が可能になったことにありました。 

 その数年前の一連の開発事業を今振り返ってみると、それらは、今にきちんと生きているといってよいでしょう。

 そのなかには、次の反省も含まれています。

 ①開発商品の洗練さを究めていないにもかかわらず、それで十分ではないかと錯覚していた。

 ②ニーズの掘り起こしが不十分で、本当に臨まれるまでの探究には至っていなかった。

 ③独創的で革新的な商品作りにおいて、未熟さが残っていた。

 開発された商品は、激烈な競争社会のなかに放たれて、そのなかを勝ち抜いていくことを余儀なくされます。

 その時に、その独創性と優れた洗練さが要求されるのです。

 ここに、未熟さ、稚拙さ、そして力の弱さがあったのでした。

 これらを克服していくことが、「誉生の証明」における課題になるのではないか、そう思うようになりました(つづく)。

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ローズマリー(前庭)