激 変

 今月も末日を迎え、ガイダンスを認めることにしました。

 世界と日本が激動していますね。

 「今が、どういう時代なのか?、これを特定できないほどに、内外の情勢が激変しています」

 ある政治評論家は、こういいながら、「今日の社会は、それを適格に分析して同定できない時代だ!」といっていました。

 さて、本ブログの各論についてのガイダンスを行いましょう。

「ウルトラ・パラダイムシフト2022(4700回記念)」

 まさに、ウルトラ級のパラダイムシフトが起こっているのが、「今という時代」の特徴なのでしょう。

 この「もどかしさ」を、私も感じています。

 あまりにも、本質的な変化が、しかも国の内外で起こっているので、それらに引きずられがちになってしまうようです。

 たとえば、イギリスのジョンソン首相が、厚顔無恥にも、コロナ下の首相官邸においてパーティーを何度も開いていたことで、最後には閣僚が追随できなくなって退陣を余儀なくされました。

 続いて、トラスが首相になりましたが、わずか45日で投げ出すことになりました。

 イギリスの中央銀行が、金利をあげて引き締めをしている最中に、それとは真反対の大量の減税、財政支出をしようとして信用を無くし、ポンドの急落が起こりました。

 この混乱を治めることができずに、何もしないままに辞任となり、さらには、そのトラスが辞めさせた蔵相が、今度は新首相になるという混乱ぶりです。

 そのイギリスでは、インフレーションが進行し、深刻な物価高騰、エネルギー高騰が起きて、庶民は、この冬を越すことができるのかどうかを心配しています。

 イギリスは、相当に寒い国のようですので、まるで『マッチ売りの少女』のようなことが発生し始めているのではないでしょうか?

 これは、ドイツにおいても同様で、ロシアからのガスラインに頼ってきたことが、深刻な問題を呼び起こしています。

 また、日本おいても、同じようなことが発生するのではないか、世界のネガティブな「付け」が日本に押し付けられ、その被害を日本国民が受けるのではないかという指摘までもが出てくるようになりました。

 世界で唯一、ゼロ金利政策を頑迷固陋に固執している国が日本だけであり、世界から観れば、日本は、それに最もふさわしい国といえるからです。

 ゼロ金利政策とは、インフレを助長させる政策であり、そのことを知りながら、来年春には物価も治まるでしょうと大変呑気なことをいい続けている日銀のクロさん、もう誰もかれのいうことを信用しなくなったのではないでしょうか。

 食糧とエネルギー、これらが高騰して、大変重要な解決すべき時代になってきました。

 かつて、私は、1994年の冬をドイツのゲッチンゲンで過ごしたことがありますが、そこではスチーム暖房が完備されていましたので、室内の子供たちはTシャツ1枚で過ごしていました。

 外は、マイナス下の寒さでしたので、窓から陶器のビール瓶をしばらくの間外において、よく冷やしていました。

 「ボックビア(ヤギ使いのビール)」という開閉栓付きのボトルでした。

 その冷たくて美味しかったビールの味をおもいだしました。

 天然の冷蔵庫で、美味しいドイツのビールを冷やすことができても、部屋の暖房ができなくなるのであれば、それを楽しく飲むことはできなくなりますね。

 引き続き、この連載を重ねていきます。

「渡辺崋山」考(4950回記念)

 5冊目の崋山についての人物本を手に入れました。

 これらを読み重ねているうちに、崋山が大変すばらしい秀逸な方であることが明らかになってきました。

 戦前の修身の本には、崋山の絵や文章が掲載されていたそうですね。

 その名残でしょうか?

 私どもの小学校における図画工作の教科書にも、鷹見泉石像が載っていて、どうして、この絵がすばらしいのだろうかと、ふしぎにおもっていました。

 その謎が、60数年ぶりに、今回の崋山探究において判明したのですから、これは非常に幸いなことでもありました。

 同時に、崋山が描いた他の絵画、そして、さまざまな伝記、評論、解説などを読み重ね、朧気ながら崋山の偉大な仕事と思想、そして弱さを理解し始めました。

 詳しくは、別稿の「『渡辺崋山』考(4950回)」において最近の考察を掲載しておきましたので、そちらをご覧ください。

 また、これらの一連の探究によって、私の「渡辺崋山論」が少し展開し始めましたので、それらを今後も継続していきましょう。

  「老いの覚悟と生き方」
 
 私よりも15歳年配の森村誠一さんの「老いの覚悟と生き方」が、非常に良い参考になっていて、改めて、それらの著作を読み進めています。

 以下、その著作のリストを示します。

 ①『老いの希望論』 徳間文庫カレッジ 『老いの覚悟』の後に書かれたエッセイ

 ②『永遠の詩情』 角川書店 老人性うつ病と認知症と闘いながら、執筆してきた詩集

 ③『人生の証明』 文化創作出版 21世紀の始まりの時点において過去の35年の作家生活と約300冊の出版を振り返り、その共通テーマである「人生と人間」の箴言(しんげん)を示したエッセイ集

 これで、『老いの覚悟』、『老いの意味』、『老いの正体』、『芭蕉の杖跡』など、今まで読んできたものを含めると、一連の「老いリーズ」の本のほとんどが揃ってきたことになります。

 これらを、私の「老いの研究」に役立たせていただきたいとおもいます。

  「須らく雫の石を穿つ如く(4900回記念)」

 高野長英に続いて、渡辺崋山についての考究を行うことによって、長英独自の姿がより鮮明になってきたようにおもわれます。

 長英は、シーボルト事件が発生してから、全国各地を転々とする逃亡生活の身となりながらも、かれを支えてきたのが西洋の学問であり、それを学ぶ「学則」として、この言葉を最初に記しました。

 命を張って学問を行うことで人生を全うしたい、そのことが、この学則訓にみごとに表現されています。

 長英は、再三にわたって崋山に、その道に進むことを勧めますが、崋山は、その気持ちになっても、最後の決断ができませんでした。

 それは、田原藩の家老という職にあって、海防の任を全うしなければならなかったのであり、さらには、自分の腕で絵を描き続け、極貧の家族を養わなければならなかったからでした。

 そして、蛮社の獄では共に牢人となり、辛酸に喘ぎますが、そのなかで長英は、たくましく生き抜いて牢名主にまでなります。

 しかし、崋山は、ようやく罪が晴れてご赦免になりますが、その蟄居の最中、自分が描いた絵を売って日銭を稼いだことが問題となり、それを苦にして自刃して逝っていしまいます。

 それを知って、長英は、「俺は、どこまでも学問と共に生きてやる!」とおもったのではないでしょうか。

 この姿勢には、真摯に学ぶべきものが多いことから、引き続き、この学則の意味を考究していくことができるとよいなとおもいます。 

「OIだより(4800回記念)」
 
 大成研究所において取り組んでいる課題をわかりやすく、そして、おもしろく丁寧に解説していこうという意図のもとに、この連載を継続しています。

 当初のテーマは、「光マイクロバブルの植物活性」に関することで、これが、まだ続いています。

 その理由は、このテーマが、これからまもなく起こるであろう「食糧危機」の克服に役立つのではないかとおもって、その探究を進めていこうとおもっていることにあります。

 新たな科学的発見や技術開発においては、そうおもっていくとも仮説を立てながら、それを一歩でも前に進めるという積極的な実践を行わないかぎり、それらに出会うことはほとんどありません。

 すなわち、前向きの積極的な実践を積み重ねないかぎり、その女神(私は「光マイクロバブルの女神」と呼んでいます)は、少しも微笑んでくれないのです。

 また、私だけが、その実践を行うのみで留まっておれば、それも豊かな発展には結びついていけません。

 それらが、人々を喚起させ、自ら動き始めることを誘起させるほどの発見や開発が求められているのではないでしょうか。

 それには、「須らく雫の石を穿つ如く」の学問的研鑽と忍耐、粘りが重要なのです。

 この「OIだより」は、その成果を逐次明らかにしていく手段(時に「武器」とも考えている)であり、ある意味では、「私の生命線」ともいえるものです。

 ここ国東にきて早10年が過ぎようとしていますが、近頃になって、ここでの研究活動が私の重要な使命ではないかとおもうようになり、それに専念する時間と機会が増えています。

 いわば、私の「老いの覚悟と生き方」の証明を、このOI(大成研究所)において試してみようという心境に至り、長英先生の学訓を踏まえて、光マイクロバブル探究を遂行する、これに人生を捧げようとおもっています。

 しかし、長野県を松本市を訪れたときに、山本宣治の石碑に次のように刻まれた言葉をおもいだします。

 『人生は短し、学問は長し』

 この歳になってくると、この「山宣」の言葉の意味が痛いほどに理解できそうな気持になってきました。

 短い人生のなかで、いかに長い学問に挑戦して行くのか、その真価が問われているようにおもわれます。

 「緑砦館物語」と「さわやかロハス生活(4600回記念)」

 今や光マイクロバブル野菜たちとの毎日の触れ合いなしには、私の生活が考えられないほどに親しい関係になっています。

 そして、その素晴らしい光マイクロバブル野菜をいただき、ロハスな生活を満喫する、これも大切な日常になっています。

 この2週間、みんなで頑張って、プランターに約10種類の種を植えていた苗が、移植サイズに成長してきましたので、みんなで協力して、その移植を行ってきました。

 その結果、緑砦館2と3のほぼ全部において移植を終えることができました。

 しかし、まだ、そのシュンギクと三池高菜の苗が少し残っていますので、それらを緑砦館2の溝形水路と緑砦館1のAレーンに移植する予定です。

 これで年末から正月にかけて、これに緑砦館1のAとBの移植が追加されると、来春までの野菜が確保されることになります。

 そして、我が家の野菜における自給自足とロハスな生活の確立が可能になります。

 おそらく、栽培される野菜の量もかなり多くなってきますので、それらの一部は近所のみなさんに配って召し上がっていただくことにしましょう。

 今年も、残り2か月となりました。

 よい年末を迎えることにしましょう。

 みなさまのますますのご健勝を祈念いたします(つづく)。

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チンゲンサイ(緑砦館2)