50年前に購入した一冊の本

 鶴見俊輔(著)『評伝 高野長英』のなかに、蛮社の獄おいて渡辺崋山についての下りがありました。

 かれは、長英とともに尚歯会の有力メンバーでした。

 まったくの濡れ衣で、小笠原島の無人島に幕府の許可なく上陸しようとしたことが罪にされたのでした。
 
 いわゆる「無人島事件」をでっち上げられ、幕府の鳥居耀蔵に捕獲されました。

 かれによれば、崋山は幕府において危険視されていた洋学を積極的に学んでいたことから、当時の老中水野忠邦は、用心ふかく崋山らを危険分子として鳥居に逮捕させたのでした。

 これによって、尚歯会のメンバーの多くが逮捕され、長英も逃げることを止めて自首したのでした。

 当時の崋山は、家老職にあったために、侍専用の獄屋に入らされ、孤独な獄中生活を過ごすことになりました。

 一方の長英はたくましく、獄中で文書を執筆し、病気の牢人を治療するなかで「牢名主」にまでなって、崋山とはまったく好対照の牢屋生活を送っていきました。

 陰と陽の牢屋生活でしたが、幼き頃から二人の人生は大きく異なっていました。

 崋山は、小藩といえども、武士としての家柄は悪くなく、若くして、その家老に抜擢される境遇にありました。

 一方の長英は、奥州藤原氏の流れを汲む後藤家の三男として生まれ、親戚筋の医者であった高野家の養子として迎えられます。

 次男の兄と共に江戸に赴いて自活しながら医学を学ぼうとします。

 しかし、その兄が病気になり、按摩をしながら兄の面倒をみましたが、そのかいもなく兄は逝ってしまいました。

 そんな折、シーボルトの来日を知り、長崎へと駆け参じ、弟子になることができたのでした。

 崋山も、西洋文化を熱心に学んだのですが、直接、シーボルトに学んだ長英とは、学者としてのスケールが、かなり異なっていたのではないでしょうか?

 長英は、西洋の学ぶことを生きる証として、それを世に活かすことに命を張ったのですが、崋山には、それまでの執念とたくましさにおいて不足部分があり、それが、その後の彼らの人生における相違となっていあったようにおもわれます。

 しかし、崋山には美術があり、その芸術的すばらしさは、後に「日本のレオナルド・ダ・ビンチになっていたのではないか!」といわれるほどでした。

 一方、長英の方は、芸術に親しみ、究めていくという指向はなく、かれが選んだのは、医学を通して患者を救いながら、学問の道における到達点として、西洋哲学を学び究めることでした。

 さて、私の手元に『渡辺崋山』という立派に装丁された一冊の本があります。

 先日、この本を離れの書斎から見つけ出して、今の書斎の机の左隅に置いたままにしていました。

 この本の記憶をたどると、それを購入したのは、私の学生時代だったことから、それから50年余が経過したことになります。

 せっかく購入しても、それを読まずに積んでいただけでしたので、何の意味もなかったわけで、真に申し訳ないことでした。

 きれいなカラー写真の表紙、なかは、カラー印刷ができるようにした厚手の紙ででき上っており、真に立派な本でした。

 その定価は2000円であり、なけなしの金で、よくこのような高価な本を買ったなと、少々驚きました。

 当時の学生食堂における饂飩(うどん)一杯が30円、定食が100円という時代でしたので、その定食の20日分を、この本の購入に充てていたのですから、真にもったいないことをしていたことになります。

 しかし、『評伝 高野長英』を読みながら、本記事の連載を行ったことで、そこに「尚歯会」とともに崋山のことが言及されていたことから、長英とは極めて対照的な生き方をした崋山のことが気になっていました。

「渡辺崋山の思想と芸術とは?」

 おそらく、その想いが、この本との出会いを結びつけてくれたのでしょう。

 長英と共に、幕末の時代を生きた渡辺崋山とは、どのような人だったのか、そして、その思想と芸術は、どのように優れていたのか、を探索して見たくなりました。

 そこで、この本も含めて、崋山の生涯に関する文献を調べることにし、早速、その手始めとして二冊の本をアマゾンにおいて注文しました。

 じつは、竜門冬二著の本も購入したかったのですが、プレミアがついて2600円もしていたので、これは当面購読を諦めました。

 これから、それらの本を拝読しながら、「日本のダ・ビンチに、なっていたかもしれない」渡辺崋山の思想と芸術について深く、おもしろく分け入っていくことにしましょう

 上述のきれいな装丁本には、崋山のすばらしいカラー絵画がたくさん掲載されています。

 これらをしみじみ眺めてみると、そこにダ・ビンチの片鱗を窺うことができました。

 これで、かつての購入額2000円の四半分は取り戻せたのではないでしょうか?

 これから早速、手持ちの『原色日本の美術』にある崋山の絵画を拝見することにしましょう(つづく)。

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芸妓図(渡辺崋山、『原色日本の美術』より引用)