再び「光マイクロバブル入浴」

 先週の月曜日から、急ぎの報告書づくりの仕事が入り、いつものように一種の「戦闘モード」になっていきました。

 今回は、残された期日が数日間しかなく、いきなりのことではあったものの、それに専念するしかありませんでした。

 その折に、私にとって頼もしい相棒が「光マイクロバブル入浴」です。

 この戦闘モードになると、必ずといってもよいほどに、この入浴方法が変化していきます。

 それは、仕事に集中して取り組み始めると、当然のことながら、それだけ疲労が重なっていきますので、それを取り除きたいという欲求が出てきます。

 そうしないと、さらに集中して仕事ができないからです。

 若い時は、それでも体力がありましたので、何とか乗り越えて、3日間の徹夜も苦にしませんでした。

 しかし、後期高齢者になってきた今では、その体力を復活させることは不可能です。

 そのころは、「どうして健康が大事なのだろうか?」と疑問に思っていましたが、今では、健康でないと何事も始まらないことを痛いほど感じるようになりました。

 つまり、仕事の専念が進むと疲労が生まれ、その回復に光マイクロバブル入浴を望むという生活思考のパターンが形成されるのです。

 そのパターンの第1は、早朝の入浴が増えていきます。

 私の場合、通常は夜寝る前に入浴することが多いので、身体を温めて「ここちよく」就寝することが日頃の習慣として身に付いています。

 それでも偶には、その入浴ができないこともあり、その場合には朝風呂を楽しむことにしていました。

 ところが、この戦闘モードに入ると、夜風呂に朝風呂が加わるようになります。

 夜の睡眠だけでは、疲労回復ができないことを身体が覚えていて、それでは「闘えない」と認知しているかのようです。

 歳を重ねてくると、就寝中に血液の流れが最小限になって、身体全体の硬直傾向が現れます。

 そうなると、身体が硬くなりますので、朝起きて寝床のなかで柔軟体操をすることが、冬場の日課になっています。

 しかし、それでは、すぐに身体を解すことができませんので、そのままお風呂に直行して光マイクロバブルを、ここちよく浴びようという気持ちが優先的に沸いてくるのです。

 この時期の朝風呂は格別であり、とくに、かなりの疲労を覚えているときには、「真にありがたい!」と光マイクロバブルに感謝します。

 しかし、こんな時でも、いつものように、朝刊と単行本や雑誌を抱えての入浴になり、このスタイルは不変です。

至福の数分間

 最初の数分間は、それらの読みものは傍に置いたままにして、最も「ここちよい光マイクロバブル風呂」の数分間を楽しみます。

 手足が冷えたまま入りますので、お湯の暖かさが皮膚に伝わって身体の奥にまで伝達していくという自覚が生まれてきます。

 これに光マイクロバブルによる血流促進作用と皮膚への浸透能が加わって、独特の「ここちよさ」を脳が認知するようになるからです。

 同時に、身体のなかの毛細毛血管の血液の流れが促されていることが、そのここちよい刺激で解るようになっていきます。

 何も読まず、何も考えずに、その「ここちよさ」を身体全体で味わう、真に至福の数分間を光マイクロバブルが提供してくれるのです。

 この知覚によって、私の脳も変化を遂げて反応するようになり、次の2つの作用が生まれるようです。

 ①寝ていた時の「ぼんやり」が残っていて、目覚めが完全でない場合には、その目覚めを徐々に実現させていきます。

 すなわち脳波がシータ波の段階から、スローα波の段階に移行し、その「ぼんやり」、「眠い」から「ここちよい」に変わっていきます。

 これにはやや時間がかかり、私の場合には、それが数分間なのです。

 ②すでに目覚めが進んで、「今日は大変、まず、あれをしなくて、これをしなくては・・・」と慌て始めたときには、すでに脳波は、スローα波を超えていて、緊張の戦闘モードに入りかけています。

 この状態での光マイクロバブル入浴は、私を逆にリラックスさせる側の作用が働くようになります。

 やや緊張した際の脳波であるβ波(12~20ヘルツ)から、スローα波(7~10ヘルツ)への「もどり」が光マイクロバブル入浴によって起こります。

 それは、その光マイクロバブル入浴開始からの数分間において、脳に感じさせる「ここちよさ」が、それを変化させていくのです。

 「なんと、ここちよいことか!何も読まず、何も考えず、ただひたすらに、ここちよさを満喫する、これこそが至福の時だ!

 この知覚の変化こそが、重要な疲労回復、光マイクロバブル・リラクゼイションではないか!」

 最近、つくづくと、このように思うようになりました。

 そして、その想像が、次のように私の光マイクロバブルに関する認知をやや進展させたのではないか、という問題に遭遇させたようです。

 これまでは、光マイクロバブルが、身体に対して、どのような知覚神経を与え、その結果として身体内部に何が起こるかという発想に基づいて推理を行ってきました。

 すなわち、それは、光マイクロバブルが身体に与える側の要素のみを考えていたのです。

 しかし、それは「一方向」の考えのみであり、それだけでは十分な考察にはならないのではないか、と考え始めたのです。

 それでは、もう一つの異なる「方向」があるのか、ということになります。
 
 それがあるとすれば、その逆である、はずです。

 光マイクロバブルを与える、すなわち供給の逆は、身体から供給される、つまり、身体から「出ていく」現象があるのか、という問題になります。

 それが存在しているということになるのであれば、その正体は何か?

 次の疑問が生じてきますね。

 急ぎの報告書づくりによって、光マイクロバブル入浴の回数が増えたおかげでしょうか、至福の数分間の「ここちよさ」とはなんであろうか、を考えるようになったのは、もしかして幸運なことではないか!

 なんだか、貴重なものをプレゼントしていただいた時のような気分になりました。

 次回は、その「ここちよさ」の素について、より深く分け入ることにしましょう。

 この光マイクロバブル入浴、みなさまにも「おすすめ」ですよ(つづく)。

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 クリスマスローズ(前庭にて筆者撮影)